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里見くんと幽霊ちゃんと田中さん


「ごめんなさい。二度としないので出てきてください」
 自室の壁に向かって、全裸で土下座するオレ。
 あ、いや勘違いしないで欲しい。オレは頭がおかしいわけじゃないからね。
 オレは今、壁の中に隠れている人――いや、人ではないな。幽霊だ――に謝ってるのだ。
「誠意が足りない。ふざけてんの? このままじゃ彼女許してくれないし、俺寝れないじゃんよ。ねぇ? 解ってる? ねぇ? ねえ? この歩く男性器が」
 土下座するオレの頭を踏んで、楽しそうにオレを罵倒するのは、お隣さんの田中(たなか)さん。
 田中さんは霊感オジサン――霊感少女みたいに言ってみたけど全然可愛くなかった――なのだそうだ。
 さて、そろそろこの状況の説明をしようか。
 時を遡ること1時間前のことだ。オレは大学の課題を終わらせ時間を確認した。
 草木も眠る丑三つ時、とでもいいますか午前2時を過ぎていた。
 そろそろ寝ないと明日の講義とバイトが辛いなぁ、なんて考えながら立ち上がった瞬間、窓際から視線を感じた。
 オレ情けない話、幽霊とかホラー系とか無理なんだ。泣き叫ぶレベルで無理。
 心臓ばっくばっくいっちゃって、汗もだっらだら出ちゃって、やめときゃいいのに……振り返ったら駄目だって思ってるのに、ゆっくり振り返ったら女の子が立ってた。立ってたんだ、女の子が。
 いや、もう叫べなかった。さっき泣き叫ぶレベルで、とか言ったけど叫べなかった。
 人間って理解の許容範囲越えると口許緩むみたいよ。オレ、口端上がってるもん。
 女の子から目を離せずにいると、俯いている女の子と目があった。
 あ、死んだ。マジこれは死んだ。終ったわ。
 なんて思ったが、彼女はそのまま動かない。……動かない。
 え、何? そこに棲んでんのってくらい馴染んでる。オレの部屋だよ? オレの部屋なのにだよ。
 オレと目と目を合わせたままの女の子が、嬉しそうに笑みを浮かべた。
「……私が、見えるの?」
 ばっちり見えちゃってるわけですよ。声も聞こえちゃってるわけですよ。
 もうこれはさ、昔ネットで読んだアレやるしかないって思ってキッチンに向かった。もう頭真っ白で、塩持って服脱いだ。
 そん時たぶんオレ、脳みそトランス状態だったと思う。恥ずかしいとか全然感じなかったもん。
 ローテーブルに飛び乗る。
 深呼吸をし、塩を振り撒きながら声を上げた。
「びっくりするほどユートピア! びっくりするほどユートピア!」
 ローテーブルから床へ、床からまたローテーブルへとジャンプで跳び移る。
 女の子は目を見開いて、悲鳴を上げた。そのまま逃げるように壁へと消えていく。
 勝ったんじゃね? さっすがユートピア! 効くじゃん!
 1人勝利に酔いしれていると、お隣から野太い悲鳴が聞こえた。田中さんの声だ。
 数分後、田中さんが不機嫌な顔でオレの部屋に断りもなしに上がってきた。びっくりするオレの、とっても大事な処を蹴り上げる。
「何粗末なもんプラプラさせてんだよ。今何時だと思ってんの? 馬鹿なの?」
 金的攻撃に悶絶するオレの頭を踏みつけ、田中さんはオレを罵倒する。
 痛い。ちょう痛い。死んじゃう。
 不能になったらどうしてくれるんだ。
「おれの安眠返してよ。君の部屋からきた女の子が壁から顔出してんだけど、里見(さとみ)くん何したの君?」
 踏まれた頭が、足でぐりぐりと床に押し付けられる。
「霊払い、的なことやりました」
「全裸で?」
 田中さんの声がワントーン低くなる。
 恐る恐る頷くとパッと頭が解放された。
 ゆっくりと立ち上がると田中さんと目があう。
「見せてみてよ」
 田中さんはそう言って腕組みし、顎で催促する。
 さっきまでは頭真っ白だったから出来たけど、今は恥ずかしい。
 やだなぁと目で訴えるとドンッとローテーブルが蹴られた。さっさとやれと仰ってるようだ。
 もう、どうにでもなぁれ!
 思いきってやったのに、今度は右頬を思いっきり叩かれた。
「反対も出せ」
 逆らったら殺されそうだったから、従ったら左も叩かれた。
 ホント痛い。お婿に行けなくなったらどうすんの、マジで!もうちょー痛い。
「今すぐ彼女に土下座しろ」
 そして冒頭に戻るわけです。
 一向に彼女から反応はない。
 田中さんはそろそろ飽きたのか、オレのベッドで寝転んでる。寝んなよオッサン。ここオレの部屋だかんね!
「そろそろ許してくれませんか?」
 控え目に壁へと話し掛けるが、やっぱり返事はない。
 チラリと田中さんを見ると目を瞑っている。だから寝んなよ!
 大きなくしゃみが虚しく響いた。もうやだ。
2012.10.10


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