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にこにこ


 オレンジ色に染まる空。西日差す教室。
 隣の席に座り、ニコニコと不気味な笑みを浮かべる久保田梓季(くぼたあずき)。
 六限目の数学があまりにもたるくて寝てから、今の今まで寝ていた。
 普段安眠を邪魔されてキレる俺だが、今回は起こさなかったことにキレたい。起こしてくれれば、こんなことにはならなかっただろう。
 久保田といえば、この学校で――いや、この辺の学校で有名人だ。このひょろ長い優男、危険人物で有名だ。アズキ、だなんて可愛らしく、甘そうな名前をしているが、全然可愛くない。
 喧嘩が恐ろしく強い。ニコニコと笑いながら、何人も病院送りにしてきたらしい。
 俺も校内や町中で見かけたが、常にニコニコと笑っている。それ以外の表情を見たことがない。そして、何故だか喋り方がたどたどしく、ガキみたいらしい。喧嘩のしすぎで頭おかしくなった、なんて噂が囁かれる程だ。
 そして、今も笑顔。
 俺は、と言うと目を覚ました格好のまま久保田にひきつった笑顔を見せている。
「あ、えーっと……何か用ッスか?」
 同じ年だが、久保田の機嫌損ねたら殺されるらしいし、俺も不良とか呼ばれるアレなので目を付けられてるかも知れないので、若干丁寧な言葉を使う。
「よこちん」
 俺のあだ名が、久保田の口から呟かれた。
 俺は横田将吾(よこたしょうご)だから、よこちんなんて呼ばれている。
「……なんすか」
「よこちん、ねがおかわいいね」
 ありえない。
 俺は久保田よりガタイがよく、背もでかいし、顔だって可愛いと言われるような顔じゃない。強面らしく、睨んでもないのに――寧ろ笑っているのに何怒ってんだ、なんて言われるほどだ。
「よこちん、すごくかわいいね」
 あれ? もしかしてコレ俺のことじゃないんじゃないか。うん、そうだ。絶対そうだ。
 どこかの可愛い女の子が、よこちんなんてあだ名なんだろう。
「いや、俺見たことないんで知らないッス」
 俺が言うと久保田は、笑顔を崩しきょとんとした。
 初めて見た。レアじゃね? これ、レアなんじゃね?
「よこちん、かがみみないの?」
「えっ」
 ……マジか。これマジか。
 コイツ、目もおかしいよ。
「よこちん」
 久保田は名前を呼びながら、鏡を出して俺の顔を映す。
 何だこれは。新手の嫌がらせか。自分の顔は見飽きた。
「よこちん、かわいい。すごくかわいいねえ」
 甘ったるい声で、俺を可愛い可愛いという。
 止めてくれ、寒気が酷い。気色悪ィ。
「あずたーん、お話終わったー?」
 急に教室の扉を開けられ、間延びした声が響く。
 俺も久保田もそちらを見て、俺の顔は完全にひきつった。
 そこにいたのは、唯一久保田の側にいる谷原泰弘(たにはらやすひろ)だった。
 久保田くらい強いとその恩恵にありつこうと人が集まってくるらしいが、谷原以外は寄せ付けないらしい。
 谷原も谷原で頭おかしいらしいから、気が合うのかもしれない。
「ヤスくん、まだおわってないよ」
 首を振りながら、久保田は谷原に答える。
 いや、話すことはないんだけどな。もう帰りたい。「そっかぁ。じゃあまた明日にしようねー。帰るよー」
「えー」
 谷原が帰るというと久保田は不満そうに唇を尖らせた。
 野郎がやるとイラってするな。全然可愛くない。つか明日ってなんだ。もう関わりたくないんだが。
「よこちん、またね」
 久保田は渋々立ち上がり、言った。手を振っているので、一応返しておく。
 名残惜しそうな久保田が教室から出ると、谷原と目があった。
「死ね」
 声は出さず、唇だけを動かし、谷原は言った。無表情に、それだけ言うとすぐに笑顔になって久保田を追う。
 何だあれは。俺が何した。つか、え? 俺マジ目ェ付けられてんの?
 ため息を吐いて立ち上がり、ほぼ空の鞄を持って教室を出た。
2012.08.30


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