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セカイが終わるその前に


 じわじわと汗がでる。毛穴という毛穴から吹き出してるんじゃなかろうか。
 そんな想像をし、俺――浅倉忍(あさくらしのぶ)――は自嘲した。汗は出るが、若いときよりは代謝は悪い。それはないだろう。
 畳に仰向けで転がり、シャツを捲りあげて腹を出す。腹を撫でると乾燥した肌がカサカサと音を立てた。
 風で風鈴が揺れる。生暖かい風が、気休め程度に身体を撫でていく。
 ――ダメだ、暑い。ムシムシとした湿度の高い暑さが、不快で仕方がない。
 本日何度目かのため息を吐くと同時に、インターホンが鳴った。家の主の内心とは裏腹に、軽快な音を鳴らす。
「あーはいはい。今、出ますよー」
 何度も鳴らされるインターホン。それに応えながら玄関へ向かう。
 面倒くさそうな態度を隠すことなく、扉を開けた。
「お久しぶりです、浅倉先生」
 第一声に不意を突かれる。
 懐かしい響きだ。
 顔を向ける。人好きするような笑顔を浮かべる、男が立っていた。
「これ江戸バナナです。どうぞ」
 男が、持っていた紙袋をスッと差し出した。それを思わず受け取る。
「あ、どうも」
 お構い無く、なんて愛想笑いを浮かべ、空いた片手で後頭部を撫でる。
 ……――いやいやいや、
「誰?」
 男は一瞬目を丸くしたが、すぐに苦笑した。
「もう20年以上も前ですもんね。安佐城中(あざしろちゅう)の渡辺冬真(わたなべとうま)です」
 名乗り、頭を下げる。
「いや、だから……誰?」
 確かに安佐城中学校で、教師をしていたこともあった――……が、全く覚えがない。いろんな意味で目立っていた生徒以外、覚えてはいない。
 多分コレは、俺だけじゃないはずた。他の教師だってそんなもんだろう。
 ――ああ、だからそんな俺が悪いみたいな顔をするな。
「そう、ですよね」
 寂しそうな顔に、笑顔が作られる。そのうち、首を擦り、俯いた。
「――なんだ、その、上がってくか。汚いけど」
 覚えてないのだから、これ以上コイツといたって気まずいだけだ。解っているが、そんな言葉が出ていた。
 渡辺はパッと顔を上げる。その勢いのまま、紙袋を持った方の手を掴まれた。
「あの、ずっと好きでした! いえ、今でも好きです!」
 掴まれた手に力が込められる。手汗でヌルヌルして気持ち悪い。
 ――何より、目の前の目を輝かせた男が気持ち悪い。
「すまん。やっぱり帰ってくれ」
 手を振り払おうとするが、渡辺は更に力を入れてきた。
「今年の!」
 ギュッと音がしそうな程手を掴まれ、そのまま家の中へと押し込まれる。
 自分とあまり身長の変わらないとはいえ、ガタイは渡辺の方がある。
 若干恐怖を感じながら、渡辺を刺激しないように言葉を待つ。
「12月21日に、人類滅亡しちゃうかもしれなくて!」
 また懐かしい――という程でもないが、完全に忘れていた――話題だ。
「よ、4日前に大量の軽石が見つかったって、聞いてそれを思い出したんです。もう人類が滅亡するかもしれないって思ったら、いてもたってもいられなくて!」
 こんなアホにそんな知識を与えたのは誰だ。
「落ち着け、大丈夫だ。あれは暦が換わるとか、陰謀説とかいろいろ説があってだな。映画のようにはならない。大丈夫だ、今年人類が滅亡するなんてことはない」
 空いた片手で渡辺の肩に手を置き、目を見つめて言い聞かせるように言う。
 えっ、と間抜けな声を上げ顔を真っ赤にした。
 三十路過ぎのおっさんが、よく調べもせずに来るからこうなるんだ。
「じゃあ、そういうことだから」
 握られていた手を離し、外へと押し出す。
「もう二度と来るなよ。江戸バナナ、ありがとう」
 言うだけ言って扉を閉めようとしたが、渡辺が足を扉の隙間に入れてきた。
「ちょ、まだ返事貰ってないです!」
「いやいやいや、鈍いなお前。拒否してるんだよ。それくらい空気読んでくれ」
 扉がガンガンと音を立てる。
「もう返事しただろ、いい加減帰れ」
「部屋入れてくれるって言ったじゃないですか」
 俺と渡辺の攻防戦に、扉が悲鳴を上げる。
「気が変わったんだ。帰れ」
「暇なんでしょ、入れてください」
「お前をフったんだぞ、気まずくて無理だ。それに昼寝で忙しい」
「先生がそんな繊細なわけないじゃないですか! オレの事、気にせず寝てください」
 失礼な奴だ。
「何する気だよ!」
「何もしませんよ!」
 バキッと嫌な音を立て、扉が外れる。
 あっ、とお互いに声を上げた。
「――おま、お前弁償しろ!」
「えっ――あ、はい。弁償するんで家に上げてください!」
2012.08.19


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