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ただいま


 とうに日付なんて変わった午前一時。
 アポなしで突然押し掛けたのにも関わらず、平尾は目を擦りながら文句も言わずに上げてくれた。
「外寒かったらぁ。何飲む?」
 コタツのスイッチを入れながら、平尾(ひらお)は言う。懐かしい方言に、変わらない声に、思わず泣きそうになった。
 もう、十数年こっちには帰ってなかっただろうか。
 家族にゲイだってバレて、逃げるように上京した。地元の友人、知人とは一切連絡は取らなかった。親友だった平尾とも取らなかった。
 生まれ変わりたかったんだ。自分を知らない土地や人達と過ごしたら、変われるような気がして。実際、東京での人付き合いは適度な距離感で、心地がよかった。
 それなのに、また逃げてきたんだ。今度は自分を知っている地元に。
「取り敢えず梅酒でいい? 渡辺、ビール飲めんら?」
 何も答えない俺に、平尾は気にすることもなく梅酒を机に置いた。
「……ビール飲めんとかいつの話だよ」
 そんなこと、よく覚えてたな。あの頃はまだまだ味覚がガキだったから、ビール独特の苦味が苦手だった。
「飲めるようになったの? 大人になったじゃん」
 子供みたいに平尾が笑う。老けたけど、全然変わってないな。
「ああ。……平尾も老けるわけだよ」
「そんな老けた? 渡辺(わたなべ)はあんまり変わらんよね」
 平尾が染々と言う。空気が揺れて、俺の耳を擽っていった。
「皺、増えた。髪も白髪がある」
 じっと平尾を見て、言う。言った後、恥ずかしくなって手元の梅酒を半分近くいっきに飲んだ。
「加齢臭する?」
 俺の言葉を気にするように、腕の匂いを嗅ぐ。
 思わず笑うと平尾も笑いだした。
 ひとしきり笑うと沈黙が襲う。
「俺さ、リストラされたんだ。そんで、家に帰ったらさ……同棲してた恋人が他の男と寝てた」
 馬鹿みたいだろ?
 自嘲し、残りの梅酒を飲み干す。
 平尾は何も言わずに、俺の前にビールを差し出した。
「成長してないな、俺」
 ビールを見つめ、溜め息を吐く。
「いいんじゃないか。オレは渡辺が来てくれて嬉しいし」
 ビールをちびちびと飲みながら、平尾は言う。
「家においでん。畑仕事も悪くないに」
 ニカッと笑って、平尾は誘う。笑うときに出来る鼻の皺が増えているけど、昔と変わってない。
 お腹と胸の辺りが、じわじわと擽ったくなった。
「さ、酔っ払う前に風呂入りん」
 平尾が着ているのと同じような部屋着を渡され、浴室へと背中を押される。
 パタンとしまった扉越しに、平尾が声を掛けてきた。
「いい忘れてた。おかえり」
2012.01.23


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