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美術室で


 何をしているんだろう。
 そうフィレンツォは現状を思う。Yシャツのボタンを外す指が、僅かに震える。
 フィレンツォをリラックスさせるために流されたであろう、オルゴール音のクラシック音楽は全く効果を果たしていない。
 そんなことも露知らず、フィレンツォの背後では、セーラー服を身に纏った少女――真貴(まき)は椅子に座って暇を持て余している。
《どうしてこうなった》
 母国語であるイタリア語を気付かれないように、フィレンツォは嘆いた。
「やっぱり、嫌でしたか?」
 聞かれたのか、とフィレンツォは振り返る。
 いや、英語ならまだしも公立の普通高校に通う彼女がイタリア語を解るわけが無かった、と気付きほっと息を吐く。
 手が止まっている のに気付き、不安になったようだ。
「ちょっと、緊張してるんデス」
 ようやく少しは流暢になった日本語で話し、首を横に振る。
 真貴に気付かれないように、溜め息を吐くといっきにベルトを外してスラックスを脱いだ。
 寝るときはいつも裸じゃないか、と自分に言い聞かせてフィレンツォは下着もTシャツも脱いで机の上に畳んで置いた。
「脱げましタ。どうしたらいいデスカ?」
 マヌケだな、なんて考えつつ、フィレンツォは真貴に問いかける。
「中央に、ミケランジェロのダビデ像のように立っているだけでいいです」
 言われた通り、教室の中央に立つ。
「美しいですね」
 真貴にうっとりと呟かれ、フィレンツォは逃げ出したい気持ちになった。
 恥ずかしい。
 こんな風に身体をじっくり見られるのは、セックスの時ぐらいじゃないだろうか。ああいうときは、脳内で何とかっていう成分が分泌されてるから全然恥ずかしくない。考えて、フィレンツォは思わず顔を隠すように背ける。
「動かないでください」
 言われて、フィレンツォは慌てて顔を元に戻した。目だけをチラリと真貴に向けると真剣な顔で手元のスケッチブックと向き合っている。
 内心溜め息を吐き、三週間前を思い返した。
 その日、フィレンツォはこの学校の文化祭に来ていた。フィレンツォの友人が美術教師で、ぜひにと誘ってくれたのだ。
 挨拶もそこそこに、友人はフィレンツォを美術部の展示に案内した。そこで真貴に会ったのだ。まさかこの時、真貴に気に入られ目を付けられていたなんてことをフィレンツォは夢にも思っていなかった。
 そして先日、友人に真貴のヌードデッサンに付き合ってくれ。と頭を下げられ、無下にも出来ずに頷いてしまった。
 後悔、しているわけではない。
 ただ、二人っきりで自分だけが全裸、というのがいたたまれない。だからといって、真貴も全裸だったのなら余計にいたたまれないのだけれど。
 そこまで考えて、フィレンツォはまた真貴を一瞥した。
 真剣な目をして、黙々とデッサンしている。
 オルゴール音のクラシックは、この異様な光景に全く合っていない。まあ、何もないよりは、マシかもしれない。いたたまれないこの状況からの逃避を手伝ってくれている。
「……寒くはないですか?」
 不意に声を掛けられ、顔を動かしてしまった。見咎められる前に、フィレンツォは慌てて顔を戻す。
「大丈夫デス。寒くはないデス」
「寒くなったら言ってくださいね」
 初秋とはいえ、朝方と夕方は肌寒くなってきたためか、気遣うように真貴は言った。
 フィレンツォは柔らかく笑みを浮かべ、ありがとうございマス、と頷く。
 薄暗くなってきた窓の外を目だけで見つめ、この状況が早く終わるようにフィレンツォは願った。
2011.09.27


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