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10年目


 今日は10年目の結婚記念日だ。そう、もう10年経つのだ。
 毎年大したことをしてこなかったが、今年は10年目という節目の年だ。これからも夫婦をやっていくつもりだし、よろしくという意味も込めて、数日前から準備をしていた。
 プレゼントには安物だが、シンプルなリングを買った。帰りに赤い薔薇10本とケーキも買った。
 久々に愛してる、なんて言葉にしてみようとも思っている。
 妻は喜んでくれるだろうか。なんて考えて思わず口許が緩んだ。
 ドアを開けて、ただいまと声を掛ける。いつもより明るい声が出た。
 妻からの返事はない。聞こえなかったのかもしれない。
 リビングのドアを開くと、妻がテーブルに俯いて座っていた。
 ただいま、ともう一度声を掛けると妻が漸くこちらを向いた。表情が暗い。気分でも悪いのだろうか。
 おかえりなさい、と呟くように言うとまた下を向いてしまった。
「どうした。具合でも悪いのか?」
 向かいの席に座って、妻の顔を覗き込む。
「……いいえ」
 妻はゆっくりと首を振り、左手をテーブルの上に差し出した。左手の下には薄い紙がある。緑色の文字と枠――離婚届だ。
 え、と声を上げ、妻を見る。
「別れて、下さい」
 絞るように、妻が言う。
「何、で」
 言いたいことは山ほどあるのに、纏められなくて漸く言葉になったのは、それだけだった。
 妻は顔を上げ、俺の方を見る。薔薇とケーキの箱を見て、顔を歪めた。そしてまた俯く。
「……もう、無理です」
 声が、震えている。
 無理って、何が。何が、無理だって、言うんだ。
 何か言いたくて、口を口を開くがたくさんの言葉が出ようとして胸が詰まる。結局口をパクパクと開閉しただけだった。
「もう、耐えられないんです」
 耐えられないって、……
「私は、あなたの何ですか。妻ではないんですか」
 そんなの、妻に決まっている。
「私は、貴方の召し使いでは、ありません」
 顔を少し上げ、俺の目を見て、強く言った。
「ま、待ってくれ。俺はそんなこと思ったことはない」
 一度だって、思ったことはない。
 誤解されているのなら、何とかして解かねば。俺は妻を、愛している。別れるなんて、今の俺には考えられない。
「自覚がないのなら、尚更一緒にはいられません」
 ピシャリ、と強い口調で言う。
 俺に押し付けるように、離婚届を手前に置かれた。
 妻の左手には、指輪が無かった。今日の朝まではしていたはずだ。
「……もう、今更よ」
 チラリと薔薇とケーキの箱を見て、妻が呟く。
 もう、駄目なのか。
 離婚届の横に転がっていたボールペンを手に取った。
2011.09.27


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