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刻まれた今日2


 ようやく風も鈴もおさまると俺はいつの間にか寝転んでいたのか、背中越しに畳の感触がする。
「誰だ」
 低い男の声が聞こえてそちらに顔を向ける。
 知らない男が立っていた。
「あんたこそ誰だよ」
 泥棒かもしれない。すぐに動けるようにと身構える。
「私はこの家の主だ」
 は? ここの家の主はじいちゃんだ。何を言ってるんだ、このおっさん。
 ふと部屋を見回すと知らない部屋だった。じいちゃん家にこんな部屋はない。え? じゃあ、ここは何処だ?
「人の家に勝手に入って、君はここで何をやっている」
 咎めるように睨まれる。
 状況がわからない。さっきまで、じいちゃん家にいた筈だ。
 思い出そうと頭に手をやるが、どうやってここに来たのかわからない。
「盗む物なら何もないぞ、金属は供出してしまった。食い物は他人に分けられるほどない」
 言っている意味が解らず、俺はまじまじとおっさんを見る。この時代に金属供出? 食べ物がない?
「……君は非国民か何かか」
 俺の様子に、おっさんは溜め息を吐き、睨まれる。
 非国民……、まさか……
「今、何年、ですか?」
 思わず声が震える。
「1942年だ」
 そんなまさか。だって、えっ?
 だって、さっきまで2011年で……。
 蝉の声が遠く聞こえる。
 信じる訳がないが、目の前のおっさんに、どうしてここにいたのか話した。
 当たり前だが、おっさんは信じていないようだ。
「この戦争は、日本が負けるんだ。1945年の8月14日に大日本帝国政府がポツダム宣言を受諾。翌日15日に玉音放送により国民に日本が降伏したことを、」
「やめろ! 非国民め!」
 おっさんに胸ぐらを掴まれ、床に叩きつけられる。一瞬衝撃で息が出来なくて、咳き込んだ。それでも俺は続ける。
「っ……9月2日に、降伏文書に調印した」
「我が国が負ける? ふざけるなっ」
 おっさんは声を荒げ、腕を振り上げる。その手を掴み、俺も胸ぐらを掴む。
「おっさんだって、解ってるんだろ? 勝ってたらこんな苦しい生活なわけないだろ! 金品の供出なんてするわけないだろ!」
 おっさんは顔を顰め、振り上げた手の力を抜く。
「じゃあ……じゃあ、何のために私の戦友たちは死んだ? お国のため、天皇陛下のために私達は……」
 苦しそうに、痛そうに顔を歪めるおっさんに、俺は何も言えなかった。
 おっさんはゆっくり、俺から手を離す。俺も手を離したが、おっさんから目を離すことが出来ない。
 おっさんは呆けたように立ち上がり、部屋から出ていった。俺はただそれを見送ることしか出来なかった。



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