クローバークローバー 自室のベッドから、外を眺める。 外はすっかり夏らしい。外はとても暑そうだ。 私は体が弱いから外には出られない。夏の陽射なんて久しく浴びていない。 シロツメグサ――クローバーが、小さな白い花を咲かせているのが目に入る。 ふと何か黒いモノが見えた。蠢いている。不審者だったら大変だ。体を起こし、窓を開ける。 「誰だ」 声をかけるとビクリと震え、それはこちらに顔を向けた。それは小学生くらいの男の子だった。男の子の手にはクローバーが握られている。 「ひとの家の庭で何をしてる?」 「勝手に入って、ごめんなさい。外から、クローバーが見えたから……四葉のクローバーが欲しくて」 手に握っていたクローバーを見せるように、手を突き出す。確かに四葉のクローバーが、2本握られている。 「今度からは門から入ってきなさい。使用人には言っておく」 言うと彼は驚いた顔をした。 「えっ? いいの?」 「それは庭師が育てている植物ではない。ただの雑草だ。君は草むしりしているだけだろう」 少年は嬉しそうに笑みを浮かべ、ありがとうとお礼を私に言った。お礼を言われるようなことはしていない。 「これあげる」 少年は握っていたクローバーを1本、私にくれた。いらない、と言う前に、彼は走り去ってしまった。仕方なくそれをベッドの横にある花瓶に挿し、またベッドへ横になる。 あれから10年の月日が流れた。私はもう55歳になった。 彼は未だにクローバーを採りに来ている。彼は確か、21歳になる。 何のためにそんなに必要なのかわからないが、彼はシロツメグサの咲く4月下旬〜9月はほぼ毎日来ている。よく飽きないものだ。 一度だけ、理由を聞いてみたことがある。しかし彼は曖昧に笑うだけで、教えてはくれなかった。何を考えているのか解らない。 「こんにちは。今日もクローバー採りに来ました」 人好きする笑顔で挨拶をした彼は、いつものように着物が汚れるのも構わず、地面に膝をついてクローバー採取にかかる。 私はその間、それをベッドに横になって眺めたり、本を読んで過ごしている。 ほぼ毎日顔を合わせているが、会話はほとんどしない。 彼は私の名字を(表札で)知っているが、私は彼の名前を知らない。だから、私が彼を呼ぶときは、「君」だ。 「ありがとうございます。また来ますね」 彼はまたクローバーを私に手渡し、走り去った。 もう万を超える程、クローバーが私の部屋にある。それは押し花のしおりにされ、私の部屋の引き出しにたくさん詰まっている。 私こそ、何を考えているのか自身でも解らない。ただ私は彼のくれるクローバーをいたく気に入っているようだ。 2011.05.11 ← |