曖昧四角1 小さい頃、俺の幼馴染み――半次郎は女の子のように可愛らしかった。女装するヤツを、周りの大人は可愛い可愛いと褒め倒していた。 それに味を占めたヤツは、度々女装をするようになった。中学2年の辺りから、女装が苦しくなるほどガタイがよくなっても、ヤツは続けた。口調だって昔から所謂オネエ言葉だった。 今では完璧なオカマだ。 39歳にもなるのに結婚もせず、俺はこのオカマとゲイバーを経営している。 「半次郎。喋ってばっかいないで、手も動かせよ」 客と話してばっかりで、手がお粗末になっている。 「ちょっとショウちゃん、半次郎なんて呼ばないでよ。ママって呼んで」 何がママだよ、と溢すと客まで便乗する。オッサンが唇尖らせるな、気持ち悪い。 「そうだよ、マスター。ママはママだろ」 はいはい、と流して酒をその客に出してやる。 ゲイバーなんてやっているが、俺はノンケだ。女で勃つし、女を抱く。 たまに客でケツ触ってきたり、ケツに何か押し付けられたり、酒出す時に手を必要以上に触られたりするが、ケツは使ったことがない。 半次郎はゲイだ。彼氏持ち。たまに彼氏がこのバーに顔を見せるが、20ぐらい離れてるオッサンと付き合っている。妻子持ちの金持ちだ。所謂偽装結婚らしい。 「ねーショウさん。一回オレと寝てみませんか?」 「お前は一回就職してみたらどうだ、ニート」 俺の目の前のカウンター席に座り、毎度のように口説いてくる客をいつものようにスルーする。 この仕事を始めて、スルースキルが上がった気がする。全然嬉しくない。 隣からカランと、氷がグラスに当たる音がした。目をやれば、半次郎がグラスをこちらに向けている。 「飲むでしょ?」 大人しく受けとると、半次郎は自分の分に口を付ける。それを横目で見やって、ふいに扉に目を向けた。 扉が壊れるんじゃないかってくらい乱暴に開けられ、入ってきたのは酔っ払いだった。すでに千鳥足で、カウンターまでフラフラと歩いてきた。 「ちょっとお客さん。あんた飲みすぎじゃない。帰って寝なさいよ。」 「あ?うるせーよ。黙って酒出せ」 半次郎が注意をすると、酔っ払いはお決まりの台詞で返した。 「お客さん、これ以上飲んだら危ないよ。タクシー呼んでやるから帰りな」 酒ではなくお冷やを出してやり、カウンターから出る。 「水じゃねぇか!」 文句をぶつくさと言われ、お冷やをぶっかけられた。目の上あたりに、デカイ氷が当たって地味に痛い。 喚く酔っ払いに無理矢理肩を貸し、半次郎に後を任せて店を出る。 店から離れると酔っ払いが体を寄せてくる。 「いい加減にしろよ、何度目だお前」 酔っ払いを横目で見ると目が合った。 この酔っ払いは、他の店でフラフラになるまで飲むと、うちの店にやって来て毎回俺に送らせる。 常連客が馴れてしまうくらい、コイツは何度も来てはあんな感じだ。お冷やかけられたのは始めてだけれど。 「マスター、好きです」 「そうかい。そりゃどうも」 大通りに出て、タクシーをつかまえるために手を上げる。なかなか止まらない。酔っ払いは嫌われるらしい。 「つれないなあ」 溜め息混じりに呟く。 「こんなオッサン口説いてないで、同世代口説けよ。うちの店で探したらいいよ」 他の店で飲んでないで、うちで飲めばいい。ついでに彼氏も見付ければいい。 「マスター、嫌ーい」 女子高生のような口振りで、酔っ払いは言った。 「おーそりゃ残念」 ようやくタクシーが止まった。酔っ払いを詰め込み、手を振って見送る。 煙草をくわえ、店に戻る。 → ← |