そこにはお菓子が詰まってる 風呂上がり、ふと洗面台の鏡が目に入った。鏡の中の自分と目が合い、自然と膨らんでいる腹へと目がいく。 妊婦なわけではない。自分は男であるから、妊婦なわけがない。つまり、太っているわけだ。 鏡の中のおれが眉間に皺を寄せる。 腹を摘まんでみる。いや、もうこれ掴めるレベルだ。 三十歳を越えた辺りから身体緩み出した体型。三十半ばで腹が出てきて、三十後半である今はこんな有り様だ。 ぷにぷに、と腹を揉み溜め息を吐く。若い頃はもとこう、筋肉が付いていたのになぁ。 久し振りに体重計に乗って――そっと、降りた。 この一ヶ月でまた増えた気がする。身に覚えがありすぎる。 まずあれだ、バレンタインデー。恋人からブラウニーやらマドレーヌやら、おしゃれそうなお菓子をたくさん貰った。 なんでも知り合いにパティシエがいるらしく、安くお菓子を売ってもらっているらしい。 もちろん、全部、うまかった。 うまいうまいって喜んで食ってたら、今度は恋人がお菓子を手作りしてくるようになって……毎日食ってたらこれだ。 あー駄目だろこれは。あいつはよくこんな身体見て萎えないな。オッサンってだけで萎えそうなのに、この腹だ。 「小倉(おぐら)課長? どうかしたんですか? 大丈夫ですか?」 頭を抱えて唸ってたら、脱衣場に恋人――角野(かどの)が駆け寄ってきた。 「いや、なんでもない。大丈夫だ」 すぐに立ち上がって、服を着る。角野は怪訝そうな顔をしているが、それ以上は聞いてこなかった。 二人でリビングに戻る。テーブルの上に、たくさんのお菓子が並べられていた。 甘い匂いが鼻をくすぐる。なんだこれ、美味そう。 視覚と嗅覚が刺激されて唾液が口の中で広がった。 「今日ホワイトデーなんで、作ってみました」 キラキラとした映像エフェクトが掛かっているような、笑顔で角野は言う。犬だったら、確実に尻尾をぶんぶんと振っているだろう。 テーブルの上のお菓子たちに目をやった。 美味しそうだ。すごく美味しそうだ。ものすごく食べたい。ただ、これを食ったらアレだ。絶対この腹に拍車をかける。だからと言って食べないのは、もったいない。何より、作ってくれた角野の気持ちを考えると食わないわけにはいかない。いや、食いたい。 「どうかしたんですか?」 眉を顰めて、角野が俺の顔を覗き込む。不安そうな顔だ。思わず頭を撫でる。 俺が運動を頑張れば、いいんだ。 「ありがとな。大変だったろ。俺も頑張るからな」 怪訝そうな角野の頭をぐりぐりと撫で、座ってテーブルに並んだお菓子を食べる。 几帳面で完璧主義な性格をしているから、形が崩れたり、焦げたりしたやつはない。売り物みたいだ。 何度か作っているところを見たが、分量も作り方もきっちりとレシピ通りで感心した覚えがある。 普通のサラリーマンをやっているのが勿体ない気がしないでもないが、営業の仕事も向いているから器用なのだろう。我が営業部の期待の新人ルーキーだなんて言われている。天は二物を与えない、なんてことはなかったようだ。もちろん、努力の賜物でもあるのだけど。 「美味い」 ボソリと呟くと角野が嬉しそうに笑う。 「そういえば、さっき頑張るからなって言ってましたけど何を頑張るんですか?」 コーヒーを一口飲み、角野が小首を傾げる。甘いマスクのコイツがやると様になっている。 「あー……あれだ。最近腹回りが気になるからな。運動でもしようかと思ってな」 腹を撫で、苦笑しながら答える。 「確かに、最近太りましたよね」 無邪気な子供のような笑顔で、角野は言う。 悪気がないってのは、質が悪い。 「もう若くないし、そろそろ健康のことも考えないとな」 腹を軽く叩くと、ポンポンと音がした。 「じゃあ俺も協力します」 立ち上がり、俺の手を掴む。その気迫に何故か俺も椅子から腰を浮かせた。 ギュッと手を掴む力が強まる。 なんだ、どうした。 「小倉さんが太ってても大好きですよ。俺の作るお菓子美味しそうに食べてくれて、お腹も膨らんでって、なんだか俺のものになっていくみたいで嬉しかったです」 え? 言っている意味がわからない俺を置いてけぼりにして、角野は続ける。 「でも、あなたが病気になったら喜んではいられません!小倉さんの方が年上ってことは、俺より早く亡くなるんですよね。すこしでも長生きしてもらいますよ!」 熱く語る角野に気圧され、曖昧に笑う。 なんだこれは、どうしたんだ。 「二人で頑張りましょうね」 目を輝かせ、角野は言う。 「これ、片付けちゃったら早速運動しましょうね!」 角野は俺の手の甲を一撫でし、椅子に腰を下ろしてお菓子を嬉々として食べ始めた。 え? その運動って何? なんて怖くて聞けるわけもなく。俺は一人置いてけぼりだ。 **** みやさん、だいぶ遅くなりました!すみません。 イケメン部下×甘党上司で、中年太りに悩む上司ということだったんですが……どうでしょうか? いまいち設定とシチュエーションを活かしきれなかったのが、本当に申し訳ないです。 言っていただければ、書き直しますのでお気軽に、書き直せと言ってください。 応援ありがとうございます!頑張ります! これからもよろしくお願いします。 2012.03.26 ← |