5 「でももう無理だ。これ以上はお互い辛いだけだろ。別れよう」 嫌。それだけは絶対に嫌。 私は首を横に振って、拒否する。 「俺は、もう他に好きな人がいる。浮気してるんだよ。もう無理だよ」 「やだ。私は孝彦さんが好きなの。孝彦さんしかいないの。孝彦さんの子供産むから、別れるなんて言わないで」 孝彦さんにすがり付いて、懇願する。 「そういうことじゃないんだよ」 「あなたが他の人好きでもいいから、私をそばにおいてください」 「一緒にはいられない」 孝彦さんの言葉が、冷たく鼓膜を揺らす。 ああ、違う。そんなことない。違う。 ああ、そうよね。孝彦さんとの子が産めないなら、孝彦さんを産めばいいのよね。 それなら、喜んでくれるわよね。 キッチンから包丁を持ち出して孝彦さんに向ける。 孝彦さんは、目を見開いて私を見た。 その目に私が映っている。 「孝彦さん、愛してるわ」 後退りする孝彦さんを壁に追い詰め、抱き締めるように包丁を腹部に射し込む。 愛しい愛しい、孝彦さん。愛してるわ。ねぇ、愛してる。 呻き声をあげる孝彦さんが愛しくて、刺したままキスをする。何度も繰り返しているうちに、孝彦さんは動かなくなり、何も言わなくなった。 動かなくなった孝彦さんを引き摺るようにして、浴室に連れていく。 タイルの上に寝かせるのは忍びないけど、バスタブに座らせられるほど力がないの。ごめんなさい。 寝かした孝彦さんの服を丁寧に脱がしていく。ふと、タイルに目をやると腹部から流れた血が、排水口へと流れていた。 もったいない。慌ててタイルへと舌を滑らす。 独特な酸味が口の中に広がる。 ひとしきり舐めてから、孝彦さんに冷水を掛ける。 冷たいけど、我慢してね。 何度も冷水を掛け、腕のしたにボウルを置く。その腕をゆっくりとノコギリで切り落とす。 腕を切りながら、改めて孝彦さんを見る。 一日で食べられるかしら? 問題は髪と皮膚、骨に爪よね。食べにくそうね。……大丈夫よ。全部食べてあげるから。 あ、骨はお出汁が取れるかしら? 血抜きにも、体力が必要そうね。 全部食べて、十月十日待てば――…… [目次] [しおりを挟む] |