3つのカニバリズムの話 | ナノ





 繰り返し繰り返し謝っていると玄関から音がした。慌てて玄関に向かう。
 私を見るなり、孝彦さんは眉間に何本も皺を寄せた。
「今まで待ってたのか」
 溜め息混じりに、低い声で孝彦さんは言う。
 もう一度深い溜め息を吐き、私を押し退けるようにしてリビングに行った。私はそれを慌てて追い掛ける。
「もう限界だ! 何なんだよ、お前っ」
 頭をかきむしり、孝彦さんは大きな声をあげた。
「何なんだよ! 俺何かしたか? なぁ?」
 声を荒げて、孝彦さんは言う。
 どうしてこんなに怒っているんだろう。どうしよう。わからない。
「何でいっつも申し訳なさそうなんだよ? いっつも怯えて。俺お前に何かしたか?」
 何も言えない私に、孝彦さんは更に捲し立てる。
 何を、こんなにも怒っているんだろう。
「ごめんなさい。私が至らないばっかりに……ごめんなさい。」
「口開けば、至らない至らないって何だよ? 俺がいつそんなこと責めたよ? 全然解ってないし、解らない」
 孝彦さんは、また頭をかきむしる。
「昔はそんなんじゃなかっただろ、何があったんだよ」
 孝彦さんの昔は、という言葉に思わず身体が震えた。
「私がっ私がダメだから……私のせいで、赤ちゃん流れちゃって、孝彦さん失望したでしょ。もう、これ以上、失望させたくなかったのにっ」
 目の前がぼやけて孝彦さんが見えなくなる。
「美世子」
 久しぶりに、名前を呼ばれた気がした。
 嬉しいのに、苦しい。
「失望なんてしてなかった。そのことについて、俺は美世子を責めたか? 責めてないだろ。責めるわけないじゃないか。子供がいなくたって、俺は2人でやっていければよかった」
 顔を歪め、苦しそうに孝彦さんが言う。
 孝彦さんは、やっぱり優しいわね。


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