2 慌てて扉を開けると孝彦さんだった。 「おかえりなさい」 笑顔で出迎える。孝彦さんは頷き、鞄を差し出してきた。 スリッパを出し、鞄とコートを受け取る。 アルコールの臭いがする。やっぱり外食して来たのかもしれない。アルコールに混ざって何か甘い香りがしたが気がする。気のせいかしらね。 孝彦さんはネクタイを緩めながらリビングに向かう。私はその後ろについていく。 孝彦さんはキッチンを見て眉間に皺を寄せた。 何か、気にさわるようなものがあったかもしれない。慌ててキッチンを見るが、特に見当たらない。 どうしよう。内心焦りつつ、コートをハンガーに掛け、鞄を鞄掛けに掛ける。 「8時過ぎたら待たなくていいと言っただろ」 苛立ったように、孝彦さんは言った。 ああ、お夕飯のことだ。テーブルの上に用意された支度がいけなかったんだ。 「ごめんなさい」 私が謝ると孝彦さんは溜め息を吐いた。 ああ、また失望された。私が至らないばっかりに、孝彦さんを苛立たせる。 お仕事で疲れているのに、お家でも疲れさせるなんて。 「風呂」 もう一度大きな溜め息を吐き、孝彦さんは浴室に入っていった。 これ以上失敗したらいけない。 バスタオルと着替えをすぐに用意して脱衣場に置く。それがすんだら、急いでキッチンを片付けた。 他に、何か忘れてないかしら。思い付かない。多分、大丈夫よね。 あ、ビールは冷えてたかしら! 冷蔵庫を慌てて除く。大丈夫。冷えてる。 孝彦さんがお風呂から出るまでソファーで待つ。 浴室の扉の音がして、ソファーから立ち上がる。 孝彦さんはチラリと私を一瞥するとまた溜め息を吐いた。 「もう寝る」 声を掛けようとすると孝彦さんはそれだけ言って、寝室に行ってしまった。 また、失望させてしまった。このままじゃ嫌われてしまう。 私がお風呂から出て寝室に行くと孝彦さんは鼾をかいていた。疲れてるんだ。 孝彦さんの隣に正座して、何度もごめんなさいと呟く。嫌わないで下さい。 謝罪しているうちに、夜が明けたのか外で鳥が鳴いている。 今日は頑張ろう。今日こそは、失望されないように、しっかり尽くそう。 いつも通りに――いいえ、いつもよりも尽して孝彦さんを見送った。 [目次] [しおりを挟む] |