3つのカニバリズムの話 | ナノ





 慌てて扉を開けると孝彦さんだった。
「おかえりなさい」
 笑顔で出迎える。孝彦さんは頷き、鞄を差し出してきた。
 スリッパを出し、鞄とコートを受け取る。
 アルコールの臭いがする。やっぱり外食して来たのかもしれない。アルコールに混ざって何か甘い香りがしたが気がする。気のせいかしらね。
 孝彦さんはネクタイを緩めながらリビングに向かう。私はその後ろについていく。
 孝彦さんはキッチンを見て眉間に皺を寄せた。
 何か、気にさわるようなものがあったかもしれない。慌ててキッチンを見るが、特に見当たらない。
 どうしよう。内心焦りつつ、コートをハンガーに掛け、鞄を鞄掛けに掛ける。
「8時過ぎたら待たなくていいと言っただろ」
 苛立ったように、孝彦さんは言った。
 ああ、お夕飯のことだ。テーブルの上に用意された支度がいけなかったんだ。
「ごめんなさい」
 私が謝ると孝彦さんは溜め息を吐いた。
 ああ、また失望された。私が至らないばっかりに、孝彦さんを苛立たせる。
 お仕事で疲れているのに、お家でも疲れさせるなんて。
「風呂」
 もう一度大きな溜め息を吐き、孝彦さんは浴室に入っていった。
 これ以上失敗したらいけない。
 バスタオルと着替えをすぐに用意して脱衣場に置く。それがすんだら、急いでキッチンを片付けた。
 他に、何か忘れてないかしら。思い付かない。多分、大丈夫よね。
 あ、ビールは冷えてたかしら! 冷蔵庫を慌てて除く。大丈夫。冷えてる。
 孝彦さんがお風呂から出るまでソファーで待つ。
 浴室の扉の音がして、ソファーから立ち上がる。
 孝彦さんはチラリと私を一瞥するとまた溜め息を吐いた。
「もう寝る」
 声を掛けようとすると孝彦さんはそれだけ言って、寝室に行ってしまった。
 また、失望させてしまった。このままじゃ嫌われてしまう。
 私がお風呂から出て寝室に行くと孝彦さんは鼾をかいていた。疲れてるんだ。
 孝彦さんの隣に正座して、何度もごめんなさいと呟く。嫌わないで下さい。
 謝罪しているうちに、夜が明けたのか外で鳥が鳴いている。
 今日は頑張ろう。今日こそは、失望されないように、しっかり尽くそう。
 いつも通りに――いいえ、いつもよりも尽して孝彦さんを見送った。


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