3 男は少しやり過ぎたと思ったのか、苦しそうに喘ぐ大河の背を気遣うように撫でた。 一瞬、ピクリと震えた大河を気にすることもなく、男は手を動かす。 「……悪かった」 バツが悪そうに、男が言った。大河は何も言わず、男を見る。 「こんなこと言えるほど、出来た人間じゃないんだ」 男は居心地が悪そうに下を向き、爪先で小さな石を転がす。 何も言わず、先を大河は待った。 「訓練はあるけど、デスクワークばっかでうんざりしてたんだ」 男の爪先で転がっていた小石が、大河の爪先まで転がってきた。 「そこにこのあたりで連続放火事件が起こって、不謹慎だけど気持ちが充実してたんだ」 大河の爪先にある小石を見つめ、男は言う。 「毎日のように、次はどこなんだろうなんて考えてた。それに気付いて何度も自己嫌悪した」 自嘲気味に話す男を見つめ、大河は息を吐いた。 「さっき、自己満足だってアンタ言ったろ。図星で腹が立った」 男はようやく小石から大河に目を移した。 さっきまで孕んでいた時はもうない。 「消防士失格だ」 溜め息混じりに、男は言った。 「……消防士どころか、人間失格だろう」 大河は言って、煙草をくわえる。目に染みるのか、目を細め、紫煙が昇るのをじっと見つめた。 空は随分暗くなってきた。 ジッポーの蓋をカチンカチンと開閉を繰り返させる。 男はじっと大河の仕草を見ている。 「君、名前は?」 「青田龍平」 大河が聞くとボソリと男――龍平は答えた。 そうか、と反芻するように言うと自身も名乗った。 「私は白浜大河です」 言って大河は吸っていた煙草をポケット灰皿に入れる。 「まぁ、忘れてくれて構いません」 態度が変わった大河に、龍平は怪訝そうな顔をしている。 それを気にすることもなく、大河はポケット灰皿を懐に入れた。 「この年で警察のお世話になるのは、嫌だったんですけどね」 ふっと自嘲し、続ける。 「自業自得ですね。次に出てくるときは定年後かな。結婚はしてなくて良かった」 もう一度息を吐き、龍平に背を向けた。 ゆっくりと遠ざかる背に、龍平も息を吐く。 「法律は詳しくないから解んないけど、出るときは迎えに行く。どうせ行くとこないんだろうし」 「失礼ですね」 大河の背中が見えなくなるまで、龍平はその場に立ち尽くしていた。 |