3 トイレから部屋に帰ると電気がついていた。次に甘い匂いがする。金木犀の匂いだ。 居間には誰もいない。 「ノラさん?」 呼ぶとノラさんが、身軽に窓から入ってきた。ノラさんから、金木犀の匂いがする。 「おー雄介。夕食だったのか」 ノラさんは、寒い寒い、と呟きながらこたつに入る。 「ほら、座ったらどうじゃ。土産もあるぞ」 ぽんぽん、座布団を軽く叩いて俺を呼ぶ。 ――よかった、帰ってきた。 座布団に座り、こたつに入る。そして、ホッと息を吐いた。温かい。 「今まで、何してたんですか?」 少し、咎めるような口調になってしまう。 「あぁ、勇雄のところにの。元気にしとったわい。他にも少し見てまわってきた」 楽しかったことを思い出すように、ノラさんが言う。 ほれ、土産じゃと呟いて机の上に幾つか紙袋をのせた。 「長くなるなら、一言あってもいいんじゃないですか」 苛立たしくて、語気が荒くなる。 「すまんかった」 ノラさんは優しく笑って、俺の頭を撫でた。完全に子供扱いされている。 ムッとして顔をそむけた。 「そんなに怒るな。ほら、栗きんとん。好きじゃったろ?」 言って小さなケースに、入った和菓子を紙袋から出した。 栗本来の甘さを楽しむように、栗を磨り潰した小さな和菓子だ。それを好きなのは、俺じゃない。 「それはノラさんの好物だろ」 秋になる度に、ノラさんはそれを食べていた。ノラさんが好きなものを俺も味わいたかったから、食べていただけだ。 「ノラさんが好きだったから、俺は――」 その先を思わず口走りそうになり、口をつぐむ。 「本当に雄介は変わらんのう」 眉尻を下げ、ノラさんは困ったように言う。 ノラさんは紙袋から箱を取り出した。 「雄介はもみじ饅頭だったのう」 そう言って、包装紙を剥がし始める。 「雄介。わしはお前さんのことが、好きなんじゃろうな」 箱を開けながら、ノラさんがしみじみと言った。 え? と呆ける俺を気にすることなく、ノラさんは続ける。 「小さい頃から、お前さんと一緒におったからのう。お前さんと離れるのがさみしくて、ここまでついてきてしまった」 ノラさんは自嘲気味に言い、もみじ饅頭を1つ俺に差し出す。 「わしは妖怪じゃ。そして、こんな老いぼれじゃ――それでも、よいか?」 言って、俺を見る。 「その聞き方はずるいです。いいに決まってるじゃないですか。俺は、ノラさんが好きだ」 言って、気恥ずかしくなる。ノラさんから目をそらし、もみじ饅頭を口に入れた。 渇いていた口内が、更に渇く。 「茶でも煎れるかの」 俺を見て、ノラさんが優しく笑う。見透かされてるようで、恥ずかしい。 「俺が煎れます」 言って、ポットと急須を引き寄せた。 作中のウメさん・花子(花太郎)さんは、はなかげ荘様からお借りしました。 今まで、お世話になりました。お疲れ様でした。 |