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 トイレから部屋に帰ると電気がついていた。次に甘い匂いがする。金木犀の匂いだ。
 居間には誰もいない。
「ノラさん?」
 呼ぶとノラさんが、身軽に窓から入ってきた。ノラさんから、金木犀の匂いがする。
「おー雄介。夕食だったのか」
 ノラさんは、寒い寒い、と呟きながらこたつに入る。
「ほら、座ったらどうじゃ。土産もあるぞ」
 ぽんぽん、座布団を軽く叩いて俺を呼ぶ。
 ――よかった、帰ってきた。
 座布団に座り、こたつに入る。そして、ホッと息を吐いた。温かい。
「今まで、何してたんですか?」
 少し、咎めるような口調になってしまう。
「あぁ、勇雄のところにの。元気にしとったわい。他にも少し見てまわってきた」
 楽しかったことを思い出すように、ノラさんが言う。
 ほれ、土産じゃと呟いて机の上に幾つか紙袋をのせた。
「長くなるなら、一言あってもいいんじゃないですか」
 苛立たしくて、語気が荒くなる。
「すまんかった」
 ノラさんは優しく笑って、俺の頭を撫でた。完全に子供扱いされている。
 ムッとして顔をそむけた。
「そんなに怒るな。ほら、栗きんとん。好きじゃったろ?」
 言って小さなケースに、入った和菓子を紙袋から出した。
 栗本来の甘さを楽しむように、栗を磨り潰した小さな和菓子だ。それを好きなのは、俺じゃない。
「それはノラさんの好物だろ」
 秋になる度に、ノラさんはそれを食べていた。ノラさんが好きなものを俺も味わいたかったから、食べていただけだ。
「ノラさんが好きだったから、俺は――」
 その先を思わず口走りそうになり、口をつぐむ。
「本当に雄介は変わらんのう」
 眉尻を下げ、ノラさんは困ったように言う。
 ノラさんは紙袋から箱を取り出した。
「雄介はもみじ饅頭だったのう」
 そう言って、包装紙を剥がし始める。
「雄介。わしはお前さんのことが、好きなんじゃろうな」
 箱を開けながら、ノラさんがしみじみと言った。
 え? と呆ける俺を気にすることなく、ノラさんは続ける。
「小さい頃から、お前さんと一緒におったからのう。お前さんと離れるのがさみしくて、ここまでついてきてしまった」
 ノラさんは自嘲気味に言い、もみじ饅頭を1つ俺に差し出す。
「わしは妖怪じゃ。そして、こんな老いぼれじゃ――それでも、よいか?」
 言って、俺を見る。
「その聞き方はずるいです。いいに決まってるじゃないですか。俺は、ノラさんが好きだ」
 言って、気恥ずかしくなる。ノラさんから目をそらし、もみじ饅頭を口に入れた。
 渇いていた口内が、更に渇く。
「茶でも煎れるかの」
 俺を見て、ノラさんが優しく笑う。見透かされてるようで、恥ずかしい。
「俺が煎れます」
 言って、ポットと急須を引き寄せた。
はなかげ荘様(閉鎖)

作中のウメさん・花子(花太郎)さんは、はなかげ荘様からお借りしました。
今まで、お世話になりました。お疲れ様でした。

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