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 翌日、バイトから帰ると部屋にノラさんがいなかった。
 真っ暗な部屋に明かりを付け、ため息を吐く。小さな部屋に、虚しく響いた。
 よくあることだけど、慣れることが出来ない。ノラさんがいないと、狭いこの部屋も広く感じる。
 今回の放浪は長いらしく、3日経っても帰ってこない。
 ひとり食堂で、ウメさんの料理を食べる。
 自縛霊であるはずのおばちゃんの料理は、何故だか美味しい。懐かしいような味がする。おふくろの味とか、おばあちゃんの味とか多分そんな感じ。
 でも、いつも美味しいウメさんのご飯も、味気なく感じる。
 食堂にいるのが辛い。他の住人たちを見るのが辛かった。
 ウメさんに心の中で謝って、ご飯を無理矢理喉に通した。食器を片付け、足早に食堂を出る。
 階段を上ろうとして、ふとトイレに視線をやった。人影が見える。花太郎――いや、花子さんだ。
 階段からトイレへと足を向けた。扉を開ければ、やっぱり花子さんだった。
 花子さんと呼んでいるが、彼は男性である。トイレに住んでいる自縛霊だ。
 何でこんなとこに? とは思うけど、こわくて聞けないでいる。
「こんばんは」
 声を掛ける。振り返った花子さんは、少し残念そうだ。
「美青年じゃなくてすみません」
 そんな俺の言葉に、花子さんはムスッとした顔をした。
「ホントよ。何なの、可愛くない顔しちゃって。辛気臭いったらありゃしないわ」
 プイっと顔を背ける花子さん。俺もムッとして、言い返す。
「生まれつきこんな顔ですー」
 花子さんの片眉がピクリと上がる。
「やだ。ほんと可愛くない」
 言って、花子さんは俺の頬をつねった。地味に痛い。
「で、どうしたのよ」
 パッと頬を放される。
「別に」
 頬を撫でながら、そっぽを向く。
 それが気に入らなかったのか、また頬をつねられた。
「人に八つ当たりしておいて言わないつもり?」
 仁王立ちして、俺を見下ろす。
 この人のこういうところが、大好きで大嫌いだ。
「ノラさんが3日も帰ってこない」
 言ったあと恥ずかしくなって、下を向いた。
「ノラさんの放浪癖はいつものことじゃない。ぬらりひょんなんだから」
 頷いて、そのまま俯く。
「でも、何も言わずに3日もいなくなるなんて、今までなかったし、」
「つまり、長いから不安なのね」
 もう一度頷いて、3日前のことを思い出す。
 もしかしたら、自分の気持ちがバレたかもしれない。だから、いなくなったのかもしれない。
 突然、頭をぐりぐりと撫でられた。顔を上げると花子さんが、俺の頭を撫でている。
「大丈夫よ」
 そう言って、花子さんは笑う。花子さんをじっと見つめるともう一度、そう言った。

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