泣き虫 | ナノ




 蹴られる、と思って目を瞑るが、なかなか衝撃が来ない。恐る恐る目を開けると顔の横に足があった。
 俺は寝ているわけではない。立っている。つまり、それだけ脚を上げているということだ。
校舎裏という人気のない場所に女子と2人。
 まさに青春っ!なわけもなく、女子――桜木彩花(さくらぎあやか)さんは何故か俺にキレている。
 ことは数分前に起こった。
 教室に入るなり、同じクラスだった桜木さんに話し掛けられ、ホイホイついていったらコレだ。理不尽すぎるだろ。
「あんま、調子のんなよ」
普段の彼女のイメージとは掛け離れた、低い声で彼女は言う。
いつ俺が調子にのったというのか。見に覚えが有りすぎてどれのことか判らない。
 こんなデブでブサメンな俺が、学年一可愛い桜木さんを好きになってしまったこと?
 桜木さんを見詰めていること? ――俺が言うとストーカーチックだが、ストーカーはしていない。ちょっと、見ているだけだ。
 あれか、桜木さんでいろいろ妄想しているからか? いや、でも、そんなの男だったら皆そうだろ。
 あっあれかな? 桜木さんと付き合っている学年一のイケメン――畠山孝文(はたけやまたかふみ)に心の中で呪っているからか?
 それとも今現在、パンツをチラ見していることだろうか?
 これは不可抗力だ。桜木さんが脚を高く上げてるから見えるんだ。改めてバランス感覚の良さに感心してしまう。
 どれだろうと思案していると桜木さんは、俺のネクタイを引っ張った。
「昨日、孝文がいきなり別れようって言ったんだけど」
「えっ?」
 思わず間抜けな声が出た。
 だってありえない。うちの学年で公認カップルであるほど、2人はラブラブだった。
 桜木さんがいつも畠山のことを愛しそうに、見つめていたのを知っている。
 対する畠山だって、桜木さんを大事にしていた。
 シャイなのか本人に言うのが照れ臭いのか、体育の授業は男子と女子は別々でやることをいいことに、幸せそうに桜木さんとのことをノロケていた。
 俺は内心ずっと畠山禿げろとか唱えていたのだから、よく覚えている。それは、昨日もそうだった。
「他に好きな人出来たって言われた」
 桜木さんはようやく脚を下ろし、俺のネクタイを引っ張ったまま俯く。

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