1 あれから一ヶ月たった。あれだけ大口を叩いておいて、オレはまだ恋人を連れてきたことはない。折角仲良くなったのに、引かれたくない。それに多分、今付き合ってる奴は嫌がると思う。まぁ、ここに連れてこなきゃいけないって事はないからいいけど。なんて考えてるところに転機が訪れた。真宮さんがお友達と旅行に行くらしい。日帰りらしいけど、その日は夜遅くなると言っていた。その日なら、呼べるかもしれない。最近お互い忙しくて逢えなかったから、いい機会かもしれない。いや、別に真宮さんが邪魔なわけじゃないんだよ。勘違いしないでね。 「柊くん、私がいない間に彼氏呼ぶの?」 リビングで旅行の準備をしていた真宮さんが、ニヤニヤと不適な笑みを浮かべて雑誌を見ているオレを見た。とてもじゃないが、これから恋バナをしようという乙女とやらの顔じゃない。何ていうんだろ。酔っ払いのオッサンがカップルに絡んでくるような、そんな感じ。本人に言ったら怒られそうだから言わないけど。 「真宮さんに関係ないでしょ?」 雑誌に目を落とし、冷たく答える。こうすると真宮さんは不安そうにオレの顔を覗き込んでくる。オレの気に障ったのか不安なのだ。真宮さんを困らせるのは嫌いじゃないけど、こういうところでまだ少し壁を感じる。自分が間違ってないと思ってるときは、平気で言葉のマシンガンを撃ち続けるくせに。 雑誌から真宮さんに目を向ける。 「……次の日の朝は知らない男とも朝食かもね?」 「えっ? 私、仲良くなれるかしら?」 真宮さんの言葉に思わず吹き出してしまった。なんだそれ。仲良くなる気かよ。ちょっと嬉しいかも、本人には言えないけど。 吹き出したオレを真宮さんは軽くどつき、旅行の準備に戻った。 旅行の当日、真宮さんは無事に旅立った。出かける前に余分なことを一言残して。 「盛り上がっちゃったら、メールしてね。その日はホテルに泊まるから」 本当に余計なお世話だ。うふふだなんて楽しそうに笑いやがって。だからアンタはオレのお母さんか! 息子が初めてうちに恋人を連れてくる日の母親はたぶんこんな感じなんだろう。オレは”恋人”と言って連れてくることはなかったから知らないけれど。きっと、母親は嬉しいんだろうな。 その考えを打ち消すように、ケータイが鳴った。恋人(名前は堤)が、もう近くまで来ているらしい。迎えに来いとの事だった。 迎えに来いと言っていたくせに、扉を開けたら二階にあるこの部屋からすぐに見えた。きょろきょろと落ち着きの無い様子で周りを見回してる。一歩間違えれば不審者だ。もうちょっと見ていたいなと思っていたら、目が合った。手を振るとプイッと顔を背けてしまった。機嫌が悪くなって帰られたくなくて、オレは慌てて階段を下りて近づく。 「久しぶり、堤」 堤は頷き、階段を上がる。オレもそれについていく。……あれ? オレが部屋に誘ったんだよね? 部屋に入るなり、堤は無遠慮に部屋を見回す。 「へぇ、いい部屋じゃん」 「だろ? 結構住みやすいよ。家事も分担だし、家賃も半分だから前よりも楽」 ふ〜んという興味の無さそうな返事が返ってきた。まぁ、そりゃそうか。他人の部屋事情なんて興味ないよな。 「洗濯も?」 「うん。流石に下着は別々だけど。あと、自室の掃除も個人で……ってこれは当たり前か。上がれよ、立ち話しに来たんじゃないんだし」 玄関で立ち話していたオレたちは、ここでようやく部屋に上がった。リビングにあるソファーに堤を座らせ、コーヒーを淹れにキッチンに立つ。カウンター越しに堤を見ると堤はソファーを見ていた。 「これ、ルームメイトの趣味?」 ソファーをポンポンと叩いて、堤はオレを見る。 「うん。結構座り心地いいだろ? 真宮さんセンスいいんだよね」 また、ふ〜んと返された。なんだよ。自分から聞いたんじゃん。 コーヒーを持ってリビングに戻ると堤はテレビを見ていた。はい、と渡してやるとマグカップを一瞥し、オレを見る。なんだろ? こいつ今日は様子がおかしい気がする。 何? と催促すると堤は首を振ってマグカップに口をつける。 「……柊、ルームメイトのこと好きなの?」 二人して、ついていたお笑い番組の再放送を見ていると不意に堤が聞いてきた。なんだそれ。 「好きじゃなきゃ一ヶ月も持たないよ。我侭だし、乱暴だけど結構いい人だよ」 オレが言うと尽かさず、堤が言った。 「ゲイが珍しいからからかわれてるだけじゃねぇの?」 はぁ!? そりゃからかわれることもあるけど、そんなんじゃない。男女間をからかうような、そんな感じだ。 「何、お前? 今日おかしいよ。それに、真宮さんはそんな人じゃっ」 反論途中、頬に衝撃が走った。視界がチカチカして、気持ち悪い。 [戻る] [しおりを挟む] |