1 テレビで見るようなカップルの女の子が、所謂酷い捨てられ方(振られ方?)をするなんて、現実ではありえないと思う。実際、今まで付き合っていた男性にそんな事されなかった。受験生同士でよくあるような自然消滅だったり、喧嘩してそのまま別れちゃったなんてことはあったけれど。でも、それは酷いものではなかったと思っている。今でも友達として仲良くしている人だっている。だから、ありえない。そう私は思っていた。さっきまでは。 バイトから部屋に帰ると部屋の前に、私の荷物が出されていた。いや、放り出されていた。それはもう、ゴミのように散乱していたのだ。わけがわからない。必死で、良くはない頭を回転させて、こうなった状況を考える。同棲している彼氏を怒らせた? いや、バイトに行く前は笑顔で見送ってくれた。家賃払い忘れ? いや、毎月ちゃんと彼氏に渡してた。彼氏もそれをちゃんと銀行に振り込んでくれていたはずだ。え? じゃあ、何で? 意味がわからない。 とにかく放り出された荷物達を拾い、それを持ってまずは彼氏に電話をする。 ―――ツーツーツー……っと話中なのか、無機質な音が響くだけだった。何度掛け直してもだめ。次に大家さんに電話をした。そこで、私は彼氏に捨てられたのだと理解した。彼は私に相談もなしに勝手に引き払い。引っ越してしまったそうなのだ。私が知らない間に、彼はいろいろと手続きをしていたらしい。彼……いや、あのヒモ男ッ! 他に女がいたらしい。私がいない間に、同棲していたあの部屋に連れ込んでいたのだそうだ。私は、きっと、みつぐくん(死語?)ならぬ……みつぐちゃんだったのだろう。もう最悪。惨め過ぎて涙も出ない。ため息はでるけど。 明日からどこに住めばいいって言うのよ。ホテル暮らしだなんて、フリーターの私にはキツイ。それに、給料日前でお金がない。困った。ネットカフェにでも泊まろう。 漫画喫茶は所謂ネットカフェ難民という人達が、少なからずいた。こんなご時世だし、ね。 内心ため息を吐きつつ、これからの事を考えていると不意に声を掛けられた。聞き覚えのある声に、私は振り返った。 「やっぱり、先輩だ。こんばんは」 そう言って、人好きする笑顔を向けてくるのは、バイト先の後輩だった。ちなみにバイト先はファミレスね。 180cmはあるであろう長身。女顔という程ではないけれど、綺麗な顔をしている。目は二重だし、鼻は高い。口元には小さな黒子がある。年下なんだけど、その黒子から若干色気を感じるのは、正直羨ましい。まぁ、長身のイケメンなのだ。バイト先の女の子やお客さんが騒ぐのも頷けるくらい。私は、年下だから興味はないけど。それに彼女がいるらしく、休憩中はケータイ片手にニヤニヤしてる。なんか残念なイケメン。それが私の彼に対する印象だ。確か名前は、柊くん。下の名前は知らない。 「どうしたんですか、そんな大荷物で?」 それを聞いちゃいますか、柊くん。まぁ、そらそうだわな。 なんと答えようかと目を泳がせていると柊くんは何を思ったのか、あっと声を上げる。何? どうしたの? 「先輩。今から時間あります?」 「え? うん」 むしろ暇ですが何か? いや、暇でもないか。これからの事も考えなきゃいけないし。 「じゃあ、オレの家で飲みませんか?」 「あ、うん……って、えっ!?」 静かな空間に私の声だけいやに響く。私は逃げるように、柊くんの腕をつかんで奥に行く。 いや、だって、何言ってんのこの男。馬鹿なの? 何なの? 彼女いるのに、他の女の子誘う? 男の子って皆そうなの? 「いやいや、彼女怒らない? 私も一応女の子なんだけど?」 「えっ!?……あー、えっと、大丈夫です」 大丈夫そうに聞こえないんだけどなぁ。何なんだろこの子。年そんなに変わらないはずだけど、世代によって違うのかな。価値観とか。だとしたら、若い子にはついていけないわ。私、まだ24なんだけどなあ。若い子って20歳過ぎたらおばさんって思ってるらしいしね。謝れ、世界の20歳以上の女性に謝れ。 どんどんズレた方向へと思考を進める私を柊くんが小首を傾げて見ていた。うーん。こういう仕草が母性本能とやらを刺激するのかしら。可愛いとか思ってしまうのは、仕方がないよね。 「やっぱり、だめですか?」 しゅんとする姿はまるで大型犬。 「……ちょっとだけよ」 言っとくけど、軽い女じゃないからね。 [戻る] [しおりを挟む] |