1 もうアレで終わりだといいと思った矢先に、あの見る目のない男が現れた。 真宮さんは、休憩中だった。よかった。 オレが接客する。オレを見ると男は口角を持ち上げた。気持ちが悪い。思わず、顔に出そうになる。ごまかすように笑顔を貼り付ける。 「ご注文はおきまりでしょうか?」 携帯端末取り出し、男に伺う。男は口角を持ち上げたまま、チョイチョイと人差し指でオレに近づくようにジェスチャーする。一瞬顔を顰めてしまった。オレは渋々従う。 「お前、ホモだろ?」 心臓が飛び跳ねた。なんで? 「だから、あいつと同棲してんだろ?」 なんでコイツこんなこと知ってるんだ。 一気に血の気が引く。音が遠くに聞こえる。防衛本能か何かなのか知らないが、自分の体なのに自分の体じゃないみたいだ。遠くなる。後ろに意識を引っ張られる感覚に襲われる。途端、気持ち悪くなった。三半規管がおかしくなったんじゃないかってくらい、立ってるのか座ってるのか、傾いてるのかわからない。頭がくらくらする。 久しぶりの感覚。 「気持ち悪ィ。男好きなんだろ? 何、お前? 客のことそういう目で見てたりするわけ? すげぇきめぇ」 息が荒くなる。落ち着け、落ち着け。大丈夫。慣れてるだろ、こんなの。 「お客様? どうかなさいました?」 急に腕を引かれ、誰かの背中に隠される。真宮さんだった。 「こいつ、ホモなんだぜ? この店はホモなんて店員にしてていいのかよ? 客のケツ狙ってるかもしれねぇんだぜ? それとも、ブツ狙ってんのか?」 店中に聞こえるように、大声で男は言った。店が一瞬静まり返り、ざわざわとしはしめた。思わず真宮さんの背中の服を握る。 どうしよう怖い気持ち悪い。 「お客様、他のお客様のご迷惑になりますので。……彼は私と付き合っております。それともなんですか? 男同士で遊んだら、お客様のいうホモになるんですか?」 何、言って…… 「大体、同性愛者の方がファミレスの店員してちゃ駄目なんですか? 日本にそんな法律ありましたっけ? 客のケツやブツを狙っている? ハッ自惚れるのも大概にしてください」 キレてる。マシンガンのように言葉を口から撃ち出す。 店長が騒ぎを聴きつけて、奥から出てきてなんとかその場は収まった。お客様には、お騒がせしたお詫びにとドリンクやデザートをサービスした。男は帰らせ、オレたちは厳重注意されただけで終わった。クビじゃなかったのことにびっくりだ。 安心したら、涙が出てきた。真宮さんと店長にお礼を言って、号泣した。恥ずかしい。 [戻る] [しおりを挟む] |