1 もう二度と会うことはないと思っていたヒモが、そこにはいた。社会的な盾を引き連れて。 つまりはバイト先に、あのヒモ男が来ていた。この男は、自分が悪いことをして私に怒られるんじゃないかという時に、この手を使う。こんな人前で、ましてやバイト先で私が怒ったり、殴ったり出来ないというのが分かっているからだ。 「いらっしゃいませ」 とびっきりの笑顔で言ってやるとヒモこと大西は、顔を引き攣らせた。 「ひ、久しぶり」 もちろんソレは無視だ。 好都合なことに、禁煙席の奥の角が開いていた。こいつは愛煙家ではないので、迷わずそこに連れて行く。 「怒ってる?」 私の顔を覗き込むようにして、大西は言う。もちろん、それも無視だ。答えてやる必要は無い。さっさと帰れ。 私はマニュアル通りに、注文が決まったらボタンを押すように言い裏に戻る。 「真宮さん、今の知り合い?」 裏に戻ると柊くんがいた。私は柊くんの質問に苦笑し、頷く。 「あれが、例のヒモ」 「あれが見る目のない男なんだ」 どちらからともなく、吹き出す。その後、店長に怒られた。当たり前ね。 大西が帰る時、会計で当たってしまった。仕方なくとびっきりの笑顔で接客してやる。大西はゆっくりと財布を出し、私にしか聞こえないような声で話しかけてくる。 「おれ、その、ごめん。やっぱ、お前がいないと無理だよ」 情けない声で言う。この男には恥とかプライドってものが無いんだろうか。そりゃあ、付き合ってた頃は、情けないことを言われるたびに甘やかしてた。私も馬鹿だったから。冷めてからは、そのヘタレ具合が気色悪い。これがいいって女の子もいるんだろうけど。いや、ちょっと前まで私もそうだったんだろうね、きっと。女々しいことは悪いことじゃないけど、いつまでも女の稼ぎで食わせてもらおうとするヒモは悪いと思うんだ。 「都合がいいとは思うけど、やり直さない?」 「ない」 短く答える。有無を言わせる余裕を与えないように、さっさと会計を済まさせ、ありがとうございましたー!と私が今出来る精一杯の拒絶を示した。 ありえない。絶対に、ありえない。やり直したところで、結局今度は私がこいつを捨てる。 どうせ、一緒に住んでた女に捨てられたでしょ。これを機に働け、ヒモ。 「待って、聞けよ。おれ、働き始めたんだ。だから今度はきっと上手くいくよ。あいしてる」 吐き気がする。ここまで他人に嫌悪感を覚えたのは初めてだ。 私は大西から逃げるように、裏に駆け込んだ。気持ち悪い。あんな気持ち悪い愛の言葉は初めてだった。 [戻る] [しおりを挟む] |