「さよなら」の音は俺には聞こえなかった






「嘘っ・・・」

俺がソレを知ったのは、君がこの世界にさよならした次の日の朝だった。

何もない、いつものように。
起きて、歯磨きして。
そうしたらボロアパートの薄い壁の向こうから旦那の「寝坊したぁぁぁぁぁぁ!!!!」なんていう叫び声が聞こえて、ドタバタとそれこそ下に住んでる人が哀れになるような足音を立てて、準備してる音を聞いて。
いつもと同じ時間に旦那の部屋に迎えに行ったら、寝癖ついたままの髪で出てきた旦那と一緒に学校に行って・・・。

そうして聞いた、知らせ。


「・・・伊達君が昨日の夜、近くのビルの屋上から飛び降りて、亡くなったそうです」


目の前、真っ暗。

だっていつもならさ、朝俺が教室に来たら君が「Good morning」って完璧な発音で言って、笑うんだ。
そのあと慌ただしく、ドアを壊しそうな勢いで教室に入ってくる旦那に苦笑いして「お前はもっと落ちついて入って来れねぇのか」何て言って。

それから俺達は、一日中一緒に居るんだ。
一緒に・・・居たんだ・・・。


隣の席。
がらんと空いた、主が居なくなった、席。

机には花瓶に活けられた、ユリの花。
白く、まっすぐに。
そんな風にたたずむその花が、君がもう此処に来る事は無いと。
俺の前に現れる事は無いと。
そう、言っていた。


「・・・政宗」


放課後。
政宗が飛び降りたビルに行ってみたけど、当然其処は立ち入り禁止で。
政宗が住んでいた、俺達が住んでいるボロアパートなんかよりも綺麗なマンションの部屋も、『空室』になってた。
きっと政宗を可愛がっていて、政宗が一番懐いてた『カタクラサン』が、殆ど物がなかった政宗の部屋を、片付けたのだろう。

政宗の面影に辿りつけないまま、俺は仕方なく政宗とよく一緒にいた学校の屋上にいた。

其処は変わらなかった。
キラキラと夕日が冷たいコンクリに反射する。
そうして段々暗くなって。
やがて、反射の光は弱々しい月明かりとなる。


「ねぇ、政宗・・・」


どうして俺を置いていったの?

どうして・・・?

俺は、そんなに強くない。
君が居ないと俺は、

イキラレナイ・・・





カシャン、

フェンスが音を立てた。



俺が一歩を踏み出したのは、その直後だった・・・。



ばいばい

この世に「さようなら」


さぁ、君を殺した世界の行く末を

俺と一緒に、眺めよう?



fin





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