「暇だ・・・」
「何をおっしゃっているのですか?まだ政務は終わっておりませんぞ?」
外は雨。
庭に出て稽古をする訳にもいかず、大人しく政務を片付ける事にした。
しかし。
「何で今日に限ってこんなに多いんだよ・・・」
溜めていたわけでも無いのに、今日の分はかなりの量だった。
いい加減朝からこれは、飽きてくる。
身体を動かしたい。
「もう疲れた・・・」
呟いて机に突っ伏す。
やる気が起きない・・・。
「やれやれ・・・貴方という人は・・・
一旦休憩にしますか?」
「Yes・・・」
「では、茶を持って参りますね」
小十郎が、襖を開けて出て行った。
部屋の中に一人、取り残される。
「はぁ・・・」
ゴロン、と床に横になると、身体から力を抜く。
「何か怠ぃ・・・」
身体が重い・・・。
床にめり込むんじゃないかってぐらい。
「眠い・・・」
眠気に逆らわずに目を閉じると、すぐに泥沼のような眠りに沈められた。
「政宗様、小十郎にございます。茶を持ってまいりましたが・・・政宗様?
・・・失礼いたします」
眠ってすぐ。
小十郎が部屋に戻って来た。
「政宗様・・・」
その場に仰向けに倒れ、眠っている政宗。
その寝顔は、まだあどけなさを残している。
机を退けて自分の着ていた羽織りをかけてやり、そっと髪を除けてやると、その手に擦り寄ってくる。
まるで猫のような仕種だ。
しかし、そこで小十郎は気付いた。
主の体温が、いつもより格段に高い事に。
「まさか・・・」
朝から、気になってはいた。
顔が少し赤らんでいる、とは思っていた。
だが、聞いても「大丈夫だ」の一点張りだったから、気にしないようにしていたが・・・。
触れた額は温度が高く、汗ばんでいた。
「何故貴方は、こんなに無理をなさるのですか・・・」
呟くと、早急に布団を敷き、政宗を寝かせる。
水と手ぬぐいを持って来させ、手ぬぐいを浸して絞り、額に乗せた。
「全く・・・こんなに無理をなさらなくても・・・」
小十郎は知っている。
こういう時は、政宗から離れてはいけない事を。
「・・・こうしていると、昔を思い出しますね・・・」
昔。
それは政宗が4歳の時の事。
天然痘という病気にかかり、暫く政宗は高熱にうなされた。
その間側に居たのは、母親ではなく、小十郎だった。
母親はこの時、まだ幼い小次郎の面倒を見ていて、政宗にはついていられない、と言っていた。
今考えれば、それは言い訳だったのかもしれないが。
その病気によって政宗は、右目の視力を失った。
それどころか、その見えない目は突出し、その容貌から『醜い』と、母親に嫌われた。
それがコンプレックスとなり、政宗は変わってしまった。
今までの明るく、活発な性格から、無口で、陰気な性格になってしまったのだ。
ある時小十郎は、そんな政宗を見兼ねて、医者の所へ引っ張って行った。
そしてそこで、彼の右目をえぐり取ったのだ。
それから政宗は、元の明るく、活発な性格に戻り、文武両道に努めた。
でも。
小十郎は知っていた。
政宗の心に、消えない傷が残ってしまった事を。
母親は、わかっていたのだろうか?
幼い政宗の心が、どれだけ傷ついたのか。
幼いながらに『孤独』の悲しさを、知ってしまったという事を。
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