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肩の震えが止まらない。もし、青峰っちが噂を信じてしまったら?
真実じゃ無いけれど、デマだと確かに言い切れるけれど。
私よりも、クラスメイトの言葉の方を取られてしまったら。
軽蔑、されるだろうか。それとも別れを告げられるだろうか。
─つい数十分前。先に帰ってと告げたとき、彼はどんな顔をしていたのだろう。いつも通りだった気もする。しかし思い返せば、何か違和感は無かったか。
疑心暗鬼。最早自分にすら確信を持てない。
どう足掻いたってマイナスにしか考えは進まなくて。
だから、彼女の表情の変化に気付けなかった。
「どうして…」
そんな声が微かに聞こえたかと思うと、刹那─後ろから抱き込まれた。
タイミング的に先ほどのドアの音の犯人と言うのは察せられた。けれど誰かなんて分からない。
記憶上こういう事をする友人なんかが浮かび上がるけれど、背中に感じる厚い胸板や、まわされた手の力強さがそれを否定した。
…じゃあ、この人は誰?
異性で私を抱き締める人なんて彼一人しか知らない。でも彼がここにいるはずが無いのだ。
だってもう家に着いていてもいいはずで、何より彼は私を……
「人の女貶めてそんなに楽しいか、藍河?」
聞き慣れた低温。バッと後ろを振り返れば愛しく、見慣れた青峰っちの顔がそこにはあった。
その表情は怒りを纏い、獣を連想させるかのような獰猛さが滲み出ている。
「なんで……」
呟いた言葉にこちらを一瞥した青峰っちは、一瞬だけ私を安心させるように微笑むと、くしゃと頭を撫でた。
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