水遊び



「大変、お手数を…お掛けしました、船長……」

「あァ、まったくだ」

「お蔭様ですっかり良くなりました」

「当たり前だ、誰が看てやったと思ってる」


発熱から数日、ローやクルー達の看病のお蔭で、エマの体調はすっかり良くなった。
まさかの船長直々に看病してくれたのだとベポに聞いて、朝からこの調子である。
エマの額から流れる汗は夏島の気候のせいか、はたまたそれ以外か。


「まぁまぁ、キャプテンそれくらいにして」

「エマも慣れない船の生活で疲れが溜まってたんですよ、きっと」

「島も暑いし」


ペンギンとシャチのフォローに、ローは「甘やかすな」とバッサリ言い捨てた。


「にしても、本当に暑いわねこの島。あの時の皆の反応に納得」


片手で汗をぬぐい、もう片方でパタパタと仰いだ。
しかしその風がなんとも温くて、涼しいと思うには無理がある。


「体調治ったならよ、エマも海入ろうぜ。足くらいならいいだろ?」

「本当?行きたい」

「てめェ、病み上がりの分際で……」

「大丈夫よ、船長が看てくれたんでしょう?それとも、自分の腕に自信がないのかしら?」

「いい度胸だ。ぶり返して死ね」


その返事で許可を得たと判断したエマは「やった」とペンギン達に笑顔を向ける。
さっさと出ていけと促すローの腕をエマが掴んだ。


「……なんのマネだ」


ギロリと睨むローに、ペンギン達はひぇ、と声を漏らしたがエマはまったく怯む様子もなく口を開いた。


「船長も一緒に行きましょう」

「断る」

「船長だって暑いんでしょ、珍しく布面積少ないし。それに、せっかくの良い天気なのに部屋に籠ってるなんて勿体ないわ」

「おい…!」

「"シャンブルズ"」


途端に目の前が船長室から、炎天下の海岸の景色に変わる。
エマがローの能力で飛んだのだと、理解する。


「……キザまれてェのか?」


敵の前でさえあまり発する事のないドスの効いた声に、ペンギン達は更に震え上がる。
「謝れエマ!」とシャチがエマの肩を掴んで揺らすが、エマは「なんで?」と首を横に倒した。


「あれ、キャプテン〜!」


そんな険悪なムードを一変したのは、この船のマスコットキャラ的存在のベポだ。
バシャバシャと水を弾きながら走り寄ってくる姿は、巨体ながらもなんとも愛らしい。


「珍しいね、キャプテンも水遊び?」

「いや、おれは、」

「足浸かるだけでも涼しいよ、行こう!」

「おいベポ!」


ローが顔を出した事が嬉しいのか、ベポは話を聞かずに半ば引きずるようにしてローの手を引いていく。
他のクルー達もそれに気が付いたのか、「キャプテン〜!」「一緒に泳ぎましょう!」「バカ泳げねェよ」とあっという間にローの周りには人が集まった。


「なんだかんだ人望が厚いわよね、あの人」

「そりゃそうだ、なんたってキャプテンだからな!」

「つーかエマあんまりこういう事するなよ〜、心臓に悪いだろ」

「いっつも難しい顔してるから、たまには羽を伸ばすのもいいんじゃないかって思って」

「だからってなァ……」

「でも、満更でもなさそうな顔してるじゃない」

「海軍が来たらどうするんだよ。船長、海に浸かってるから能力使えないだろ」

「それは多分大丈夫。その可能性があるならもっと本気で抵抗するだろうし、船もこんな堂々と海岸に留めたりしないでしょ?それにこの島は街の治安も悪くないって聞いたし、そもそも海賊船はあまり来ない島なのかもね。それなら、海軍の警備の手も回ってないはず。というか、他の皆はまったく警戒してないじゃない」


「だから大丈夫よ」とエマは淡々と言ってのけた。
感心するようになるほど、と二人は頷く。


「もし海軍が来ても、私達が守ってあげればいいでしょ?」

「……あぁ、そうだな!」

「船長の手を煩わせるまでもねェ!」

「海水に浸かった能力者なんて、本当に何もできないから、船長も――」

「ンッ!?」

「あれ、エマ!?」


突然目の前にいたエマの姿が消えた。
と同時にポト、その場に綺麗な貝殻が落ちてきたのと、海の方から女の悲鳴が聞こえた事から、二人は「あぁ……」と顔を見合わせた。

突然海に落とされた事で、エマは必死に空気を求めて水面から顔を出した。
キッと睨んだ先にはいつの間にか砂浜に移動していたローが、こちらを見てニヤニヤと笑っている。


「何、するのよぉ…ッ!」


偶然近くにいたイッカクに支えられ、力の入らない身体をなんとか立たせる。
覇気のない口調で威嚇するが、そんなものローには痛くもかゆくもない。


「暑いんだろ?気の済むまで浸かってろ」

「殺す気!?」

「忠告を聞かないお前が悪い」

「あれはぶり返すって意味で……これは違うでしょ!溺死するつもりはないわ!」


ギャーギャーと喚くエマをイッカクが宥める。
ローは踵を返すと「船に戻る」と一言告げた。


「エマー!そこまで濡れたんならもう足だけと言わず派手に遊ぼうぜ〜〜!」

「浮き輪もってきてやるよ浮き輪!」

「ビーチバレーするか?」

「この水鉄砲いいだろ!さっき街で買ってきたんだぜ!」

「……着替えてくる」


仲間達のお誘いに、エマの機嫌もけろっと治る。
「あいつ、案外ちょろいよな」と誰かが呟いた言葉は、本人の耳には届かなかった。



部屋に戻ったローは、濡れてしまった服を着替えようと裾に手を掛けた。
その時、ふと足元に転がった4つの宝石を見つける。
拾い上げてみればなんて事はない、ただの石だったのだが、その輝きっぷりは本物にも勝るとも劣らない。
それに加えなんの偶然なのだろうか。
この船には海の生き物と同じ名前のクルー達が多い。
手に取った石をよく見てみれば、シャチやペンギンの、海の生き物ではないが熊の形をしていた。
そしてハートの形、この海賊船の象徴――

あの女は、狙ってこの石と入れ替えたのか。
真意は分からないし聞くつもりもないが、ふと笑いがこぼれた。
ローはそれを捨てるような事はせずに、本棚の空きスペースに無造作に置いて椅子に腰かけた。