記念コインの話



「船長、いる?」


コンコン、と部屋の扉をノックするが、返事がない。
いないのかと小さくため息を吐いて、手元にある備品のチェックリストに目を落とした。
どれくらいの時間で戻ってくるのか、何処へ行ったのかも分からない。
やりたい事も溜まっているし、こんな事で時間を食うのは御免被りたかった。

辺りを見渡し、周りに誰もいない事を確認すると、エマはドアノブに手をかけ部屋の中へと足を踏み入れた。

やはり部屋の住人は留守の様で、室内はしん、と静まり返っている。
しっかり整頓された棚や机からは、ローの性格が滲み出ている様だった。


「見つかるまえに早く退散しよう」


目に入りやすい場所にチェックリストを置き、部屋を後にしようとした時だった。


「何かしら」


整頓されている棚から、一冊だけアルバムのような分厚い本が飛び出している。
やけに目立つそれに興味が沸いた。
引き寄せられるかのように近づき、気づいた時には手に持ってページをペラペラと捲っていた。


「……コイン?」


中のファイルに丁寧に閉まってあったのはコイン。

それと共に、殴り書きで何かが書かれた紙がそれぞれ一緒に挟んである。
それが島の名前だと分かり、エマはああ、と納得した。


「勝手に人の部屋で何してる」

「あっ!」


突然横から伸びた手が、ひょいとエマから本をかっさらう。


「ったく、」

「備品のチェックリストを渡しに来たの、すぐ出るつもりだったんだけど……」

「見たのか?」

「……ごめんなさい、棚から飛び出てたから…つい」

「かまわねェが、別に面白い物でもねェだろう」

「面白くないのに集めてるの?」

「…………」

「冗談よ」


何か言われる前に、エマはサッ、と手を前に出してローを制した。


「記念コインかぁ」

「なんだ」

「んん……いや、たしか………あっ、ちょっと待ってて」


エマは何かを思い出すと、小走りで部屋を後にした。

数分後、廊下からパタパタと足音が聞こえてくると、ノックもせずにエマが再び部屋に入り込んできた。


「てめェ、ノックくらいしろ」

「待っててって言ったんだからいいじゃない。それよりも、」

「っ!」


ピン、と弾かれ飛んできた何かをローは片手で上手く受け取った。
ナイスキャッチというエマの言葉を無視し、手元にあるそれを見た。


「……どこのやつだ」

「私の故郷の」


あっけらかんとしたエマの答えに、ローが目を丸くした。


「いらねェ」

「集めてるんじゃないの?」

「もう手に入らねェだろう」

「そうよ、レア物のコインなんだから」


段々と眉間に皺が寄っていくローに対し、エマの表情は変わらない。
そんなローの様子に、エマはくすりと笑って口を開いた。


「別に、形見でもなんでもないわよ」

「何も言ってない」

「顔に書いてあるわよ」


エマがそう言うと、ローは益々不機嫌そうな顔をした。


「人の好意は素直に受け取ればいいじゃない」

「お前が持ってればいいだろう」

「船長に持ってて欲しいのよ」


ローは訳が分からないといった表情を浮かべ、大きくため息をついた。

凹凸のある表面を親指でなぞり、片目を閉じてデザインを注視した。
不機嫌そうなのは変わらないが、どうやらお気に召したようで、その様子を見てエマは笑みを浮かべる。

「いつのだ」

「たしか、建国した時に作ったやつだって、母が言ってたと思うけど」

「……すげェな」


予想以上に年代物と知り、ローからは素直に称賛の言葉が出た。


「皆大事に持っていたから、特に珍しい物ではなかったんだけどね」


それでも、故郷の物を褒められた事を嬉しそうにエマは笑う。

すると、ローが引き出しから白い紙を出し、エマに差し出した。
その意味を理解すると、エマはさらさらとその紙に文字を綴った。

ローよりも小さく、丁寧で女性らしい字で書かれたそれは、エマの故郷の名前だった。

手渡した紙を他のコインと同じように本の中のポケットに入れ、そしてコインも入れた。
数あるコレクションの一部になったそれを見て、エマは満足そうに微笑んだ。


「いいんだな?」

「ええ。いっぱい仲間がいた方が寂しくないだろうし」

「何言ってやがる。所詮は物だろうが」

「そうね、所詮は物」


だけど、エマにとっては故郷の"思い出を共有する仲間"が出来た。


「でも、」

「? なんだ」

「……ふふ。ううん、なんでもないわ」

「変な奴だな」


いつものように嫌味を吐かれてもまったく気にならない。

エマはいつになく上機嫌で、ローの部屋を後にした。


〜fin〜