11人の超新星
ルタヤ島を出航した一行は、次なる島へと向かうべく大海原を航海していた。
「天気が良いから外でご飯が食べたい」
そう言ったのはベポで、コックからバケットを受け取ったエマ達は甲板へ出た。
良い天気だね、と呑気で海賊らしからぬ言動をするほどに穏やかだった。
「ルタヤ島の畳も良かったけど、やっぱりこの船が一番落ち着く」
エマは雲一つない青い空を見上げて呟いた。
すると一面の青の中で、何かが太陽の光を遮った。
その影は優雅に船の上を飛び回ったかと思うと、どんどんエマを目掛けて近づいてくる。
頭の上で落ちてきた物をキャッチすれば、それはカサリと音を立てた。
「あぁ、ニュース・クーか」
エマは手元の新聞に目を落とした。
新聞を落としてきた一羽のカモメが甲板の手すりに止まると、クッ、と首を上に上げてぶら下げてあるカバンを強調する。
エマがポケットに入っていた硬貨をその中へ入れると、カモメはクーっと一鳴きして飛び去って行った。
早速新聞を読もうと開けば、バサッと紙の束が滑り落ちてきた。
「うわ、なにこの束…手配書?」
「今日は随分入ってるわね」
隣にいたベポがそれを拾い上げ、エマは新聞のトップの記事に目を奪われた。
「どうやら、この一味が何かやらかしたみたいね」
「え?」
「麦わらの一味。"エニエス・ロビー"に乗り込み焼け野原に。島は壊滅状態、政府は一味全員を取り逃がす大失態…だって」
「ええ!?あそこに乗り込んで全員無事だったの?」
「そうみたいね。何が目的だったのかは書いてないみたいだけど……」
「頭おかしいなこいつら…あんな所に乗り込むか普通…?」
ベポが眉を寄せて、若干引き気味に言う。
「本当ね、イカれてる」
海賊自らが進んで乗り込む様な場所ではない、とエマは続ける。
この事件が原因となり、麦わらの一味全員に賞金がかけられる事となったようだ。
「それでこの量か」
「船長は…うわっ、3億だって」
「すごいわね、うちの船長より大分上……」
「でもでも!キャプテンだって強いしすごいカッコいいんだよ!!負けてないよ!!」
「ふふ、そうね」
ペラペラと手配書を捲っていくと、エマの手がある一枚を見た瞬間に止まった。
「……かわいい」
その手配書にはわたあめを持ち、目をキュピーンと輝かせる鹿…否、トナカイが写っていた。
「トニー・トニー・チョッパー、ペット……」
「あはは!こいつ賞金50ベリーだって!」
「ベポは?」
「100ベリー!」
「どんぐりの背比べじゃない」
そしてすぐにしまった、と後悔する。
ベポはずーんとショックを受け、頭を垂れてしまった。
「で、でもベポが強い事、私、ちゃあんと知ってるわ」
「おれだっていっぱい敵倒してるのに…!!」
「そうね、政府の奴等の目が節穴なんだわ」
よしよしとベポの頭を撫でて慰めれば、徐々に機嫌は回復していった。
「にしても、この"D"って名前に付く人達、たまに見かけるけど何者なのかしら」
「でぃー?」
「ほらこれ、麦わらにも付いてるでしょ?」
手配書を見せれば、ベポは「わかんない」と首を傾げた。
それもそうか、とエマは手配書を捲る手を再度動かした。
「ほかは?誰の手配書?」
「そうね…ユースタス・"キャプテン"・キッド、X・ドレーク……ここ最近話題のルーキーばっかりね」
「……あれ?これって、」
「船長の手配書だわ」
ベポが手にした一枚には、ローの写真とその首にかけられている賞金額が記載されている。
新聞に視線を戻すと、風で捲れたページにその原因が載っていた。
「"11人の超新星"現る」
「え、なに?」
「うちの船長含めた、今話題の億越えルーキーたちの事をそう呼ぶみたいね」
麦わらのルフィが大事件を起こしたのをきっかけに、特集を組まれたのであろう。
エマがそう言えば、ベポは納得したように手をポン、と叩いた。
すると、手配書を覗き込む二人に影が差した。
見上げれば、逆光で顔は見えないが、そのシルエットで誰か判断する事が出来た。
「あら船長」
「キャプテン!キャプテンも外でご飯食べるの?」
「いや、それ待ちだ」
「あ、ごめん。どうぞ」
「読んだのか」
「ざっくり読んだから、大丈夫」
ローはエマから新聞を受け取ると、そのまま横になっていたベポを背もたれに腰を下ろした。
「モンキー・D・ルフィ、ね……」
「知り合いなの?」
「んなわけねェだろ」
「意味深に言うから知ってるのかと思った」
ローの隣に行き顔を覗き込めば、彼の口角が微妙に上がっているのが見えた。
「イカれてるな」
「そういう割には、興味深々って顔してるわよ」
「……どんな奴か見てみたいとは思うな」
「へェ…珍しい」
どうでもいい、興味がねェ。
いつもは他人に対してそう言った感想しか出ないローだが、今回はそうではないらしい。
手配書の彼は、麦わら帽子を被り、海賊とは思えないほどの良い笑顔を向けている。
ローは彼の何に興味を持ったのか。
気が付けば、エマ自身も"麦わらのルフィ"に興味が湧いていた。
「どこかで会えるかしら」
「さァな」
「会えたら、この子を抱きしめさせてってお願いするんだけど……」
「お前、それが本音だろ」
「ベポが泣くぞ」とローは続けた。
慌ててベポに謝りながら言い訳をしたが、肝心の本人はいつの間にか夢の中にいた。
「心配すんな。そんな簡単に会えやしねェ」
「まぁ、それもそうよね。この海は広いもの」
そのままローの隣に腰を下ろし、外はサクっと、中はふんわりと絶妙に焼けたバケットに一口かぶりついた。
パン嫌いなローは、その様子を不愉快そうに眉を寄せて見ている。
「食べてみる?」
「いらねェ」
「美味しいのに、焼き立てで」
「正気か」
「至って正気よ」
あーん、とローの口元にパンを持って行くと、その手を掴まれ今までされた事がないような顔を向けられた。
エマの腕を掴む力は、相当強い。
「わ、悪ふざけが過ぎました」
「今度やったら、食堂にお前の首を飾ってやる」
「絶対に嫌…というかそれ、皆の食欲なくなるわよ確実に」
うぇ、とエマはその風景を想像して舌を出した。
最後の一切れを食べ終え、両手を合わせて「ご馳走様でした」と呟く。
大きく伸びをしてベポに寄り掛かれば、その後すぐに眠気が襲ってきた。
「寝るのか」
「ちょっとだけ、いい?」
「……何かあればすぐに叩き起こしてやる」
「ん、お手柔らかに」
目を閉じると、さらりと髪を撫でられる感触がした。
その心地よさを堪能しているうちに、やがて意識は遠退いていった。
***
「キャプテンッ!大変ですキャプテーン!!」
「っ!?」
船内から甲板へと出るためのドアが乱暴に開け放たれ、エマは一気に意識を覚醒させた。
横においておいた短刀を手に取り、立ち上がっていつでも抜刀出来る態勢を取る。
「敵襲…!?」
「落ち着けエマ、敵が来た訳じゃねェよ。おい、何事だ」
「ログポースが…!壊れました!」
「あァ?」
「え?」
「これ…!!」
見てください、と手に持っていたログポースを見せる。
その指針はいつもとは違い、下を指しているようだ。
「ね、ホラ!下向いちゃってそこから全然動かないんですよォ!」
「本当だわ…変ね」
「別に変じゃねェだろう。それは正常だ、問題ねェ」
「え、でも…!」
「指針が下を向くのは当然だ。次の島は、予定通りなら魚人島のはずだからな」
「……え、」
「ぎょじん、とう…?」
「……なんだ、言ってなかったか」
あっけらかんと答えたローに、エマ達は顔をブンブンと横に振った。
「聞いてない!!」
「え、魚人島!?本当に魚人島ですか!?あの、人魚姫がいるって噂の!?」
「耳元で騒ぐな…!」
甲板でのその騒動に、なんだなんだと他のクルー達も集まってきた。
「ちょうどいい。エマ、クルーを全員ここに集めろ」
「え?」
「これからの航路について、お前等に伝える」
エマは言われた通り、クルーに声を掛けて甲板に来るよう伝えた。
数分で全員が集まり、ベポに背中を預けたままのローを囲む。
「全員いるな。これからの航路についてだが、次の島は魚人島だ」
そこでローは指針が下を向いたログポースを見せる。
クルー達からはおお!と歓声が上がり、予想通りというべきか、ある者は目をハートにして「マーメイド」の単語を繰り返し、またある者はついに新世界か、と胸を躍らせた。
「だがその前に、寄るべき島が別にある」
「別に…?」
「いいか、まず新世界に渡る方法は大きく分けて二つ。そのうちの一つは海軍に通行許可を得て"赤い土の大陸"を超える方法だ。この方法は無法者であるおれ達には論外だ、船も乗り換える必要があるしな」
「そりゃたしかに無理だ……」
「もう一つは、マリージョアの真下、潜って1万メートル海底に存在する魚人島を通る方法だ。海賊が新世界に渡る方法はこっちしかねェ…七武海にでもならねェ限りはな」
「なら、すぐに向かえばいいんじゃ…?」
「この船は潜水艦だし」
「バカ、考えてもみろ1万メートルだぞ、何が起こるか分かったもんじゃねェ。たしかにこの船の硬度は高いが、水圧に耐えられない可能性もある。それに、何の情報もねェまま向かうのはリスクが高い」
「じゃあ、どうしたら…?」
「だから別の島に行く必要があるんだ。あと、普通なら魚人島に向かうには水圧に潰されねェように船をコーティングする。魚人島に行くために、一度はその島に向かうのが常識なんだよ」
「じゃあ、この船もコーティングするんですね!」
「おお!どんな事するんだろうな!
「少しでも新世界へ渡れる確率は上げた方がいい。多くの海賊船は、魚人島につく前に沈没するようだが……」
「ヒィイッ!!」
「コワイ!魚人島コワイ!」
「いいか、これはおれの決定だ。反論も聞かねェ、まずは船のコーティングだ」
ローがそう言えば、クルー達は大きく頷いた。
「それで、その島はどこに?」
「巨大な樹木の集合体らしい、だからログでは辿れねェ。……"ROOM"」
能力を展開させ、"シャンブルズ"と唱えた。
「ん?あッ、おれの帽子っ!……って、これは…?」
「騒ぐな、おれの部屋にある。あとで取りに来い」
シャチの帽子と入れ替えに、一枚の紙きれが現れた。
それはある島へ行くための地図で、ローは地図を床に広げるとトン、と指をさした。
「シャボンディ諸島。これが次の目的地だ」
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「ルタヤ島で色々調べてたのなら、手伝わせてくれれば良かったのに」
どうりで姿が見えない時が多々あった、とエマは文句を垂れる。
「遊び倒してたくせによく言う」
「言ったくれたらちゃんと手伝ったわよ…!」
もう、と腕を組んで顔を逸らす。
しかし、本当はただただクルー達の事を気遣ってくれていた事を、エマは分かっている。
「……あなたのおかげで、みんな傷も癒えて元気になったわ」
「見れば分かる」
「船長は?背中の傷、もういいの?」
「問題ねェ」
「そ、よかった」
組んでいた腕を解き、風で乱れた前髪を整えた。
夕陽に照らされ、紅く染まった水平線をじっと見つめていると、ふと影が落ちて顔を上げる。
「不安か」
そう投げかけられた言葉に、素直に「少し」と返す。
「前、あんな事があったばかりだから」
「まァな」
「新世界の天候は今よりも予測不可能だっていうし、四皇のナワバリだってあるし……それに、ドフラミンゴも」
「そうだな」
「だから、不安じゃないと言えば、嘘になる」
「でも、立ち止まる訳には行かねェだろ」
「……うん。進もう、前に」
しっかりとローの目を見て、そう答えた。
エマのその顔つきに、ローはふと笑って「悪くねェ」と呟いた。
「あれ…ってことは……」
「あァ、」
エマの言葉の続きを理解したローが、頷く。
「案外早く会う事になるかもしれねェな」
先ほど話題に上がっていた、麦わら帽子をかぶった少年。
その顔がでかでかと載った手配書を拾い上げた。
「楽しみ?」
「どうかな」
その手配書を、風がエマの手から攫っていった。