重いモノは半分こ



私達の仲間であり、家であるゴーイング・メリー号。
この海を進んで行く上で、絶対になければならない存在だ。

そんなメリー号は、長い長い旅でボロボロの状態である。


「メリー号を直してやろう!んでもって、船大工!仲間にしよう!」


そう言ったルフィの言葉に反対する者など当然いるはずもなく、造船業が盛んである島、ウォーターセブンへとやってきた。
街の中心にある巨大な噴水は、別名"水の都"と言われるこの島にぴったりだった。


「素敵な島…!」

「すんげェな〜〜!エマ、遊びに行こうぜ!」

「うん、行きたい!」

「待ったルフィ!あんたは遊びに行く前に、私と換金所。それから造船所。遊びはその後!悪いけど、エマはゾロと留守番、お願いね」

「ええ〜〜〜〜!まァしょうがねェな、メリーのためだ」

「分かりましたナミさん、お気をつけて」


そうして各々船を降りて行く仲間達を見送り、ゾロさんと一緒に船番をしていた。
天気も良く、のんびりと甲板で過ごしていた所に、来客が2回訪れた。

1回はよく分からない人達だった。
この島の不良が何かだと思うけど、その人達はゾロさんの手によって瞬殺されてしまった。

もう1回は、乗船所からメリー号を見に来てくれたという船大工さん。
最初はウソップさんが帰ってきたのだと、二人してスルーしてしまったのは内緒だ。
その人はカク、と名乗った。

カクさんはしばらくクルクルと船内を歩き回り、マストをいじったりと色々見ていたようだ。
私はと言うと、ドキドキしながらその様子を見守っていた。

一通り見終わったのだろう、カクさんは私達に顔を向けると口を開いた。
その言葉は、予想していたものとはまったく違うものだった。


「この船はもうワシ等の手でも直せん。今走ってるのが不思議なくらいじゃ」


そう言い残して、カクさんは造船所へと戻って行った。

しばらく、ゾロさんは何も言葉を発しなかった。
私に至っては、発する事が出来なかった。


「……メリー、お前……本当に、もう走れねェのか…?」


そう呟いたゾロさんの言葉に、私はの目からは一粒、涙が零れ落ちた。



***



「ルフィ、お前今…なんて……?」


私達が船番をしていた間に、事件は起こった。

メリー号を直すための資金の内、2億ベリーをフランキー一家に盗まれてしまい、単身で取り返しに行ったウソップさんは変わり果てた姿で発見された。
仲間を傷つけられたお礼は、ルフィ達がしっかりと返してくれたみたいだった。

チョッパーくんの手当のおかげで、ウソップさんが無事に目を覚ました。

そして、ルフィの、船長の決断が告げられたのだ。


「だからよ、船は乗り換える事にしたんだ。メリー号にはお世話になったけど、この船での航海はここまでだ」


ルフィがそう言った後に、しばし沈黙が流れた。
それを破ったのはウソップさんで、彼は自分のせいでお金が足りなくなったのかと問いかける。

違う、そうではないのだと、ルフィが言う。
一番メリー号を気にかけていたウソップさんには、あまりに酷すぎる理由だ。


「メリー号はもう、直せねェんだよ!!!」


ついに、ルフィが大声で叫んだ。

竜骨という船の命とも言える箇所が、ひどく損傷しているらしい。
この島を無事に出航できても、次の島に辿り着く確率は"ゼロ"だと断言されてしまった。

メリー号は、もう走る事の出来ない船なのだ。


「見損なったぞルフィ!!」


ウソップさんがルフィの胸倉を掴み、怒号を飛ばす。


「お前はそんな簡単にメリーを!仲間を!見殺しに出来るのかよォ!!」

「待ってくださいウソップさん!それは違います!ルフィだって…!」

「うるせェエマ!この船に乗ってまだ日の浅いお前が口出すな!!」

「っ!」


ウソップさんの言葉に、私は何も言い返せなかった。

私はたしかに、この船に乗ってまだ間もなくて、メリー号の事は……ううん、それどころか、クルーの皆の事だって、まだ知らない事ばっかりだ。

私の事など蚊帳の外で、ルフィとウソップさんは言い合いから取っ組み合いに発展してしまった。


「いい加減にしろよウソップ!お前だけが辛いと思うな!」

「いいや、お前は上っ面だ!!メリーの気持ちなんて微塵も考えちゃいねェ!!」

「これはおれが決めた事だ!今更何言ったって意見は変えねェ!!おれの言う事がきけねェなら……今すぐこの船からッ―――」


その先の言葉を遮ったのは、サンジさんだった。

ドッドッ、と心臓の音が皆に聞こえてしまうのではないかというくらい、騒いでいる。
ルフィの口から、言ってはいけない言葉が出なかった事にほっとしたのも束の間。


「それがお前の本心だろ。使えねェ仲間は、次々切り捨てて行けばいい……お前は海賊王になる男だもんな」

「ちょっと、ウソップ…?」

「前々から考えてた、本気だ」

「おい、くだらねェ事言うんじゃねェぞ…!」


そして、先の言葉を悟った皆の言葉を無視して、彼は言い放った。


「おれは、この一味を、抜ける…!!」


そう言ったウソップさんは、メリー号をかけて勝負しろと決闘を申し込んだ。
仲間ではなくなった、海賊"麦わらのルフィ"に。

そして、その結果は―――


「お前が、おれに……勝てるわけねェだろうが!!!!」


ルフィの圧勝に終わった。

決闘を終えて船に戻ってきたルフィは、一言"重い"と呟いた。


「それが、船長ってもんだろうが」


ゾロさんの言葉が、胸に突き刺さる。
この中で唯一、ゾロさんだけが、すでに前を向いていたように思う。

その後、メリー号にはもう居られなくなった私達は船を降りる準備をしていた。
涙を拭いながら荷物を纏めるナミさんの顔が見えて、私も我慢が出来なくなって二人して泣いた。
部屋のドアは、なかなか閉める事が出来なかった。

少しの間だったけど、本当に色々な思い出が出来た場所だった。
最後に敬意を込めて、お世話になったメリー号に頭を下げてから、船を降りた。

その時、また涙が一粒零れ落ちた。


「今夜はどこか宿を取って泊まろう」


そう提案したのはサンジさんだった。
しかし、宿に着くなり各々部屋から出て行ってしまい、残ったのは私一人。

落ち着けるはずもなく、結局私も部屋を後にした。


「まさか、こんな事になるなんて……」


屋上で一人、月を眺めながらぽつんと呟いた。

あんなに仲が良かったのに、信じられない。
ロビンさんも行方が分からないまま、戻って来ない。


「どうしよう……」


さっきから、出るのはため息と弱音ばっかりだ。

言ったそばから大きなため息をついた時、キィ、と音を立てて屋上の扉が開いた。


「―――ルフィ……?」

「エマじゃねェか!なーにやってんだこんなところで」


にしし、と彼はいつも通りの笑顔を見せてそう言った。
いつも通り、そのはずなのに、ルフィの表情は暗い。


「眠れなくて」

「そっかァ、まっ、そうだよな」

「大変な一日だったね」


気が利いた一言も言えない私は、それを最後に口を閉じた。
どんな言葉をかけたら良いのか、正解が分からなかった。


「…………気にすんなよ」

「え?」

「仲間になって日が浅いとか長いとか、関係ねェ」

「あ……」


「この船に乗ってまだ日の浅いお前が口出すな!!」


船でウソップさんに言われた言葉を思い出す。


「……ありがとう、ルフィ」


気にしてくれた事が、嬉しかった。


「もう気にしてないよ。それより、怪我は大丈夫?痛くない?」


先ほどの決闘で、ルフィの身体はボロボロだった。
ゴムで打撃は効かないと言っても、火傷や切り傷は防ぐことは出来ない。

ルフィの手にある傷をそっとなぞれば、その拳がぎゅっと強く握られた。


「ルフィ?」

「怪我なんて、痛くねェんだ、全然。けど、ここがすごくいてェ……」


そう言って、胸のあたりをぐっと鷲掴んだ。

彼の悲痛な面持ちに、どうしようもなく、心がざわついた。


「…………エマ?」

「……ごめん、でも、」

「いや、いい。ありがとうな」


ルフィの身体を強く強く抱きしめた。
彼が抱きしめ返してくれて、思わず涙が出た。

いつもあんなに明るくて強いあの彼が、ルフィが、弱っている。

気づいた時には、言いたい事が勝手に口から零れ落ちていた。


「……ルフィ、あなたが背負ってるもの、私に一緒に背負わせてくれないかなぁ…?」

「え?」

「ルフィが船長なのは、分かってる。分かってるけど、でも、全部一人で背負うなんて、苦しいよ…!」

「エマ……」

「私じゃ、っ、役不足かもしれない、一緒に背負うのが私じゃ、心許ないかもしれない……けどっ!」


泣きたいのは私じゃないはずなのに。
泣き虫な自分が、本当に嫌だ。


「ルフィがつらい時は、一緒に背負いたい、ッ、ルフィの力になりたいよ…!」


言いたい事は、全部言えた。

苦しい時は、嘆いたっていいし、分け合ったっていいんだ。
それを教えてくれたのは、麦わらの一味の皆だったから。

拒絶されたらどうしようと思ったのは少しの間だけで、すぐにルフィの背中に回っていた腕の力が強まって安心した。


「そばに、そばにいるから。私も、皆も…!」

「ん、ありがとう」

「……あ、えと、ごめん。そろそろ離れるね、ほんと、ごめんいきなり……っ、ルフィ…?」


なんとなく、突然恥ずかしくなってルフィから離れようとするも、回された腕の力を強くて離れる事が出来なかった。


「もう少し、こうしててくれ」


弱々しく呟かれた言葉に、ぎゅうっと胸が締め付けられた。


「うん、わかった」


もう一度ルフィの背中に腕を回せば、ほっとしたように、彼は私の肩に頭をぽすりと置いた。

この時、私はこの人を絶対に一人にしないと、強く、決心したのだ。



重いモノは半分こ 〜Fin〜