熱
どのくらいの時間こうしていたのだろうか。
すでに外は暗く、暖炉の火だけが室内を照らしていた。
隣で眠っているローは、まだ目覚めない。
それでも、先ほどの体温とは比べものにならないほど温かく、顔色も赤みを帯びている。
ほっとしながらも、目が覚めるまで油断は出来なかった。
(薪、足さないと)
ゆらゆらと揺れる炎が弱まりつつあるのに気が付き、身体を起こそうとした時だった。
ふいに手首が掴まれる。
その力は弱くとも、エマが気が付くのには十分だった。
「……ロー…?」
掠れた声で呟いて視線を落とせば、先ほどまでは閉じていた瞳がエマを捕らえていた。
「ロー」
今度ははっきりと音になった。
そっとその人物の頬に手をやれば、一回り大きな手がそれを包んだ。
その温かさが、エマに安心感を与えた。
「……よ、かった………」
ボロボロと零れた涙を見て、ローが目を見開いた。
「何泣いてやがる」
ローの言葉に、エマは返事をする事も言い返す事もできない。
ただただ涙を流し、身体を震わせながら嗚咽を漏らしていた。
なかなか言葉を発する事が出来なかったエマが、やっと口に出来たのは「ごめんなさい」という謝罪だった。
「まったくだ。後先考えず飛び出しやがって」
「うん、うん……っ、っごめんなさい……」
いつになく素直に謝るエマの様子に、自分が相当危ない状況だった事が容易に想像できた。
ぐずっと鼻を啜る音がしてエマは「助けてくれてありがとう」と続けた。
「気まぐれだ、あんなの」
「うん」
「ガキは無事だったのか」
「っ、うん……」
「……おい、いつまで泣いてる」
「だって…っ!」
涙をぐいっと拭い、エマは口を開く。
「見つけた時すごく冷たくて、意識もないし、目もっ、全然覚まさないし、このまま目覚めなかったらどうしようって、ハートの皆に合わせる顔もないし…!」
拭っても拭っても止まらない涙に、エマ本人ですら些か鬱陶しく思う。
それに比例するように出始めてしまった言葉は、次から次へと繋がっていく。
「不安で、どうしようもなくてっ、もう、本当に心配したのよ…あなたを失った事を考えたらどうしようもなく――」
怖かった、とエマは頭を垂れた。
それからしばらくの沈黙が続き、エマの小さな鳴き声だけが響いていた室内に、ベッドが軋む音が混ざった。
顔えお上げなくても、近くにローの気配を感じられた。
大きな手が、涙を拭っていたエマの両手首を掴む。
無意識に顔が上を向いた、それと同時に唇に感じた柔らかい感触。
そしてゼロ距離で見えた瞳が瞬きをする瞬間が、やけにスローモーションに見えた。
エマが目を見開き、唇を薄く開いた所から、すかさず何かが口内に割って入ってきた。
「ん……っ」
そこでやっとローにキスされている事に気が付き、慌てて離れようとするエマにローが腕を回して自身に引き寄せる。
まるで逃がさないとでも言うかのように、エマの腰をガッシリと掴み、そして手は指を絡ませた。
エマが唯一自由な右手で胸板を押し返すが、抵抗も虚しくびくともしない。
ちゅく、と音を立てて、口内を侵される。
舌を絡ませ、歯列をなぞられ、時には唇を舐められた。
お互いの荒い息遣いの中で、時折漏れてしまう自分の声に、なんとも言えない気持ちになる。
幾度となく繰り返された行為の後、やっと解放された時には息も絶え絶えになっていた。
ローは最後に触れるだけのキスを落とすと、口元に垂れたどちらの物かも分からない唾液をペロリと舐めとった。
文字通り腰砕けにされてしまったエマは、頭をローの胸板に預けて大きく息を吸い込み呼吸を整えた。
「も……なに、っ、いきなり…!」
「いつまでも、うじうじうるせェから塞いだ」
「や、やり方ってもんが、あるでしょう…!?」
「泣き止んだか」
ローはエマの目尻を親指でグイっとなぞり、顔を覗き込んできた。
顔に集まる熱がバレないよう、目線を反らしてこくん、と頷く。
「エマ、」
「……なによ」
「おれは生きてる」
耳元で囁かれた言葉に、エマは顔を上げ、じっとローの顔を見つめた。
すると、そっとローの左胸に自身の耳を当て、目を閉じる。
どくん、どくん、と脈打つそれが、確かに彼が生きている証拠だった。
「………うん…っ、」
ローの身体を見つけた時の同じように、力いっぱい抱きしめた。
今度はちゃんと、温かい。
彼の心音を堪能すると、エマはゆっくりとローから離れ、微笑んだ。
「体温は戻ったけど、まだ寝てた方がいいわね」
薄いタオルケットを身に纏い、今しがた思い出した消えかけの暖炉の火を再度焚いた。
ゆらゆらと燃える赤が息を吹き返した所で、後ろから声がかかる。
「どうかした……っ、ひゃ」
突然身体が浮いたかと思うと、暖炉の前に置いてあるソファに腰かけたローの膝の上にぼすっと落とされた。
そのまま毛布で自身とエマを包み込み、ローは目を閉じてしまった。
「ちょ、寝るならちゃんとベッドで……」
「うるせェ」
逃げ出そうと動いた所を、またもや阻止される。
ぴったりと肌と肌がくっつき、エマは気恥ずかしさからか体温の上昇を感じた。
それと同時に、心地良さから一気に眠気が襲ってきた。
ローがエマの髪を何度か撫でると、力が抜けたエマの身体が寄り掛かり、やがて静かな寝息が聞こえてきた。
「ガキ並の寝つきの良さだな」
目を開けたローが、エマの寝顔を確認し硬い表情を解いた。
今回の件、事の発端はエマだが、泣かせるほど心配をかけたのもまた事実。
部下の女に助けられているようじゃ、まだまだだ。
あの人の本懐を遂げるために、自分は生きているのだから――
んん、とくぐもったエマの声が聞こえて、力の入っていた拳を解いた。
完全に気を許しているその寝顔に、半分呆れながら、ローもまた目を閉じた。