想い
「……………?……」
いくら待っても訪れない衝撃に、エマは恐る恐る目を開けた。
すると、前から走ってくるのは先ほどの年配の店主。
自身の孫の名前を叫び、必死に駆け寄ってきた。
「おじいちゃん!!」
エマの腕の中から飛び出し、店主に抱き着いたミアを見ながら、回らない頭で必死に考える。
少なくとも自分は、もう逃げ切れるような位置にはいなかったはずだ。
あの一瞬で、瞬間移動でもしないと助かるはずがない。
認めたくない現実が、エマの判断を鈍らせていた。
「……ロー、は……っ、どこ……?」
ローの位置を入れ替える能力、そしてその本人の姿が見えない事。
それしか、その方法しか考えられなかった。
「ロー!!」
弾かれたように立ち上がり、雪の山に走り出す。
周辺の建物はすべて飲み込まれてしまい、白一色へと変わってしまった街並みでは、元々自分がいた位置さえも分からなかった。
それでも、探さなければ。
どうして。
自分の命よりも、エマと見ず知らずの子供を優先するような男だったか。
一船の船長である事を忘れたとでもいうのだろうか。
「ろぉっ……ッ、ロー……!!」
こんなに大声を出した事はない、こんなに焦った事はない。
いろんな感情がぐちゃぐちゃに混ざり合って吐きそうだ。
ローが雪崩に巻き込まれた。
「いや……いやよ……っ、」
エマの様子がおかしい事に気が付いた店主が、周りの人々に呼び掛けた。
人が一人、巻き込まれた、と。
それからローの大捜索が始まった。
雪崩に埋没してから15分程度で、急速に生存率が下がるのだとエマはどこかで聞いたことがあある。
そうなると、タイムリミットは約10分ほどにまで迫っていた。
失ってから気がついた。
いや、本当はもっと前から知っていたのに、気が付かない振りをしていただけかもしれない。
いつから自分は、彼の事をこんなにも想っていたのだろう―――
だからこそ、絶対に失いたくない。
もう、大切な人を目の前で失うのはたくさんだ。
「エマおねえちゃん!」
自分を呼ぶミアの声に振り返った。
少女が手招きをする方向で、何かが見つかった。
「刀だ!この近くにいるかもしれない!!」
冷たい空気が喉を通り、呼吸が苦しい。
それでも足を止める事はしなかった。
手渡されたそれは、ローの愛刀の"鬼哭"で間違いなかった。
ぎゅうっとそれを強く抱きしめた。
早く、早く見つけないと、ローの命が危ない。
狂ったように両手で雪をかき出した。
霜焼けになるのも、手が傷つくのも、どうだってよかった。
「ロー……ロー……っ!」
ついに、エマの目から涙が零れてしまった。
誰かが「あと2分」と呟いたのが耳に残った。
「どこにいるのよ!ロー!!」
エマが叫んだその瞬間、無音がエマを包み込んだ。
「―――――え……?」
風景が変わったわけでもない、周りの人々は騒々しく動いている。
それなのに、不気味な程静かで、感覚が研ぎ澄まされていく。
本来なら、見えないはずの部分が、見えるような感覚だった。
「……見つけた………」
ふらりと足が動き、ある位置で止まった。
ここ、とエマが呟くと、人々が雪をかき出すのを手伝ってくれた。
エマの手が何かにぶつかり、それが雪ではない事に気が付く。
「ロー!!」
彼を、見つけた。
ぽたりぽたりと止まらない涙が、意識のないローの頬に落ちて流れた。
掘り出されたローを力いっぱい抱きしめた。
微かな呼吸から、まだローが生きている事が分かってより一層涙が出る。
「おい、早く暖めてやらねェと…!」
ローの顔を触れば、彼の体温がどれだけ下がっているかが分かる。
「エマちゃん、うちの部屋を使うといい」
そう言ってくれたのはあの店主で、すでに部屋の暖炉で火を焚き、毛布等も用意してくれているとの事だった。
エマは何度も頭を下げ、感謝の言葉を口にした。
数人の男性にローを運ぶのを手伝ってもらい、用意されていたベッドに寝かせた。
「店主さん、ミア。ローが目覚めるまで、二人にしてもらってもいいかしら」
エマが申し訳なさそうにそう伝えると、店主は何も言わず了承してくれた。
優しい笑顔を向けられて、またそれが涙腺を刺激した。
ローの濡れた衣服を脱がせ、その上から借りた毛布を2,3枚重ねる。
火も焚いてあり室内は温かいが、それでもローの顔色は死んでいるのではないかと思わせるほど青白い。
このまま目覚めなかったら――という不安が押し寄せ、エマは自分の衣服も取り払い、無事だったローのワインを2口、3口と喉に流し込む。
それからローの隣に潜り込み、自分よりも大きな身体を出来るだけ包み込んだ。
「ッ、」
思っていたよりも冷たい身体に驚いた。
どうか、どうか、早く、目覚めますように――
そう願いながら、エマは強く目を瞑った。