褒美
「待って船長!ちょっと、待ってったら」
「…………」
「雪道慣れてないの。それに、船長とは歩幅だって違うんだから」
「何も言ってねェ」
「口に出してないだけでしょう、分かるわよそれくらい」
エマがそう言えば、ローからはチッ、と小さく舌打ちが聞こえてきた。
しかし、先ほどよりも速度が遅い事に気が付き、エマは満足そうにその二歩後ろを歩いた。
「用事って何?」
「あァ、もうすぐ見える」
何が、と口にする前に、大きな街の風景が広がった。
こんな雪が多い国でも発展しているんだと、エマは感心する。
と同時に、やはり荷物持ちさせるつもりなのではと、じとーっとした目でローを見た。
「……今回は違うと言った」
「……なんで分かったの」
「さァな」
そう言ってローは先に崖を滑り、街へと下りて行ってしまった。
「私、結構顔に出るのかしら……」
少し考え込んでいると、早くしろという声が下から聞こえてくる。
せっかちな人、とエマは呟いて、同じように崖を滑り下りた。
街を見渡せば、店も多く人も多い。
治安も悪くなさそうなので、この島ではゆっくり過ごせそうだとエマは思う。
「それで、用事って?」
エマが再び問えば、ローは少し考える素振りを見せた後、口を開いた。
「お前、今欲しい物はあるか」
「…………は?」
思ってもいなかった問いが返ってきて、エマの口からはまぬけな声が漏れた。
欲しい物。欲しい物……?突然なんだ。
ローの考えている事がまったく理解できない、と顔に出ていたのだろうか、ローはため息をついて言葉を続ける。
「あいつ等が、ソウニウムの件の功労者はエマだと」
「……だから、ご褒美に船長になんか買ってもらえば?って事?」
「そういう事だ」
そういう事か、とエマはほっと息をつく。
何をさせられるのかと身構えていた自分がバカみたいだ、と苦笑いした。
「でも、なんで船長が…?」
「金だけ渡せばいいかとも思ったが、お前一人だと何やらかすか分からねェからな」
「ちょっと、人をトラブルメーカーみたく言わないでよ」
「自覚無しか。やっかいだな」
「なんですって?」
いつも通りの言い合いに発展しそうになったのをぐっと堪えた。
せっかく皆が気遣ってくれたのだ、どうせなら楽しいショッピングにしたい。
ゴホン、と咳払いをして自分の気持ちを落ち着かせた。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「そうしろ」
「上限はいくらまで?」
「…………常識の範囲内までだ」
にっこりと笑みを浮かべて聞いてみれば、思ったよりも良い返事が返ってきた。
「じゃあ、遠慮なく!」
「ッ、おい!」
ローの腕を掴んで目的地まで引っ張っていく。
最初に足を止めたのは、衣服が並んでいる店だった。
その途端、ローの表情が一瞬で青ざめる。
世間一般的に、女の買い物は長い、と分かっているからだ。
特に衣服を選ぶ時の時間のかけようといったら、平気で何時間もかかりそうだ。
「おい、おれは外にいるから決まったら……」
「何言ってるのよ。ちゃあんと付き合ってよね、船長」
半ば無理やり店内へ連れ込まれ、ローは諦めたように帽子を深く被った。
しかし思ったよりもエマの足取りは軽く、大量に並んでいる服には目にも留めない。
不思議に思っていると、ある商品の前で足を止めた。
「コート。暖かいやつが欲しい」
そう言って掛かっているコートを何点か適当に手に取った。
たしかに、エマの今着ているコートは少し薄手の物で、寒がりには物足りなさそうだった。
実際、街に来るまでも寒い寒いと口癖のように言っていたのだ。
数分悩んだ末、エマの手元に残ったのは二着。
どちらも色は黒で、ロング丈。
どちらでもいいから早く決めてくれ、とローは店内にあった椅子に腰かけた。
「ねぇ、船長はどっちが良いと思う?」
ふいに投げかけられた質問に、虚を突かれる。
エマが両手にコートを持ち、ズイっと前に出してきたが、正直どちらも同じだろうというのがローの感想だ。
「好きな方にすりゃいいだろう」
「決められないから船長に相談してるんじゃない」
期待した答えが得られなかったエマは、もういい、と再び二着のコートを交互に見定める。
「…………お前、何で悩んでる?」
「え、何って……デザインとか、生地とか……うーん、やっぱり、こっち…!」
右手に持っていた方を戻し、左手に持っていた方をローに渡す。
しかしローはそれを受け取らず、どこか不満気な表情を見せた。
「もしかして、コートはダメだった?」
「……遠慮なくって言ったのはお前だろうが」
「え?わっ、ちょっと…!」
突然ローが立ち上がり、エマが戻した方のコートを手に取った。
そしてそれぞれのポケットを漁り、確認したのは値札。
エマがローに渡した方は、戻した方よりも数万ベリー安かった。
「…………何よ、」
「変な遠慮するんじゃねェ、気持ち悪ィ」
「だって、常識の範囲内って言ったじゃない。そのコートだって安くないわよ」
「そんなの誤差の範囲だろ、考え過ぎだバカ」
「バカ!?」
「そもそもコートかよ。どんだけ高いもん買わされるのかと思えば……拍子抜けだな」
さっきまでの険しい表情はなく、呆れながらもローは笑う。
「言ったろ、これはお前への褒美だ。お前のおかげで宝を手に入れた、あいつ等もそう思っての事だろうが」
「それは、そうかもしれないけど……でも私だけの力じゃなかったし」
「細けェ事はいい。あいつ等に安い方買ってやったなんて言ってみろ、なんて言われるか分かったもんじゃねェ」
「そんな事…っ、……ある、かも……」
「それに、明らかにこっちの方が軽いし質もいい。防水加工もされてるしな」
「…………」
「まァ、無理にとは言わねェが。どっちにするんだ?」
最終的な選択は自分にさせる辺り、ずるい男だとエマは思った。
しかし、エマの考えなどお見通しと言わんばかりの説得に、気持ちは簡単に決められてしまった。
本当は最初から答えは決まっていたのだが、数万の差になかなか決断できなかった。
優しいのか優しくないのか、どうも分かりづらい。
せっかくローが背中を押してくれたのだから、これで安い方を選ぶのは野暮だろう。
「こっち、に、するわ」
控えめに指をさし、ローがそれを見て口角を上げた。
初めからそうしていれば良かったんだ、と。
会計を済ませればすぐに袖を通した。
首元までしっかりチャックを上げ、ファーのついたフードを被る。
ほんのりする新品のにおいが、とても嬉しく感じた。
「……ありがとう」
「おれじゃなくて、あいつ等に言ってやれ」
「っ!もちろん!」
そうして二人並んで店を出る。
先ほどまで口癖のように言っていた寒いとは真逆に、あったかい、とエマは呟いた。
「船長」
「なんだ」
「お腹空かない?」
「………なんか食ってくか」
「やった」
二人にしては珍しく、喧嘩はしなかった。