雪
どこからかやってきた冷気を感じて、ふと目が覚めた。
身体を起こすと寒さでぶるりと身震いをした。
部屋の小窓からまだ薄暗い外を覗いてみれば、すぐにその寒さの犯人が分かった。
「雪だ……」
納得、とエマは冷えた手に息を吐いた。
もう一度毛布に包まって目を閉じたが、眠れそうにない。
まだ寝ていたかったのに、と独り言を呟いて、エマは部屋を後にした。
「おはよう」
温かい物が飲みたいと思い挨拶をしながら食堂のドアを開けると、朝食の用意を始めていたコックと、予想外の人物がいた。
「……なんて格好してんだ、お前」
「今日は早いのね、船長」
ローの問いに、エマは毛布をマントの様に身体を包み「寒いのよ」と答えた。
そのまま脚を抱えた状態で、椅子に座る。
「次は冬島?」
「そのはずだが」
「はぁ……寒いのは得意じゃないのよね」
「見れば分かる」
大袈裟だとでも言いたげな表情に、エマはむっと頬を膨らませる。
「しょうがないじゃない、苦手なものは苦手なの」
「何も言ってねェだろうが」
「顔に出てるのよ…!」
「まァまァ、朝っぱらから喧嘩するなよ」
そう言ってコックがエマの前に置いたのは、ホットミルクだった。
お礼を言って早速一口飲みこめば、身体の芯から温まっていくのを感じた。
「おいしい、ありがとう」
「どういたしまして」
「お前、そんなんで次の島どうするつもりだ?」
「……出来ればあんまり外に出たくない」
そんなエマの様子を見て、ローは小さく「アホか」と呟いた。
「おい」
「何よ」
「お前には、次の島でおれの用に付き合ってもらう」
「え、嫌よ」
「てめェ、即答かよ」
「だって、また大量に荷物持ちさせる気でしょう」
前回の事を根に持つように、エマが言う。
ローは眉間に皺を寄せ、今にも手を出してしまいそうになったが、大きなため息を吐くことでそれを抑えた。
「今回はちげェよ」
「……本当に?」
「あァ」
「なら、いいけど」
エマから了承の返事を聞くと、ローは自室へと戻って行った。
「……なんなの」
「なんだエマ、キャプテンとデートか?」
「バカ言わないで。そんな訳ないわ、絶対」
ホットミルクで身体はすっかり温まり、コックにもう一度お礼を言ってエマも部屋に戻っていった。
***
「ううう、さむぅ〜〜い…っ!」
ロングコートに身を包み、更に帽子に手袋、耳当て、マフラーと完全防備のはずのエマはしゃがみ込んで叫んだ。
無事に島に上陸したハートの海賊団を迎えたのは、見渡す限りの銀世界、見事な冬島だった。
「あはは、本当に寒いの苦手なんだねぇ」
「笑い事じゃないよイッカク。どうして皆は平気なの?」
「北の海の出身が多いからかな」
「そういえばそうだった」
見渡せば、がっちりと防寒しているのはエマのみで、他のクルー達は久し振りの雪に心躍らせているようだった。
ベポに至っては、いつものつなぎのみでふかふかの雪にダイブしている。
「信じられない……」
「まァ、寒いっちゃ寒いけど、暑いのよりはマシかな」
「んん……、どっちも嫌だなぁ……うぇ!?」
マフラーに顔を埋めたエマの首根っこを突然誰かが掴んだ。
「何やってる。さっさと行くぞ」
「ちょっと、何も引っ張らなくても良いじゃない!」
「…………」
エマの言葉に何も返さず、ローは歩き始める。
その態度の悪さをエマがイッカクに訴えるが、イッカクは「仲が良いこと」と笑って相手にはしてくれなかった。
「キャプテンとデートなんでしょ?楽しんでおいで」
「デートじゃないってば!断じて!」
先に行ってしまったローを追いかけるため、走りながら手を振っているイッカクに大声で叫んだ。
「ねぇねぇ」
「なんだよ」
「最近、キャプテンとエマ、仲良しだよね」
雪に埋もれて遊んでいたベポが、突然そう切り出した。
ベポの視線の先には、慣れない雪道の中を必死に走っているエマと、それをなんだかんだ待ってあげているローがいた。
ペンギンとシャチはベポの視線の先を追い、二人の様子を盗み見た。
どうやら無事に追いつき、今は二人で普通に会話をしているように見える。
しかし、顔を見合わたす度に小言から言い合いにまで、更には刀を抜くところまで発展しているのをよく見かける。
そんな二人が、仲良し?と首を傾げた。
「宝探しの後くらいからかなぁ」
「そうか?まぁ、最初の印象は最悪だったと思うけど」
「互いにな」
たしかに、そこから考えると他愛のない話をするようになったのは進歩かもしれない。
「ていうか、エマのキャプテンに対する態度がすげェ」
「わかる!めちゃくちゃズケズケいくよな、今まで何回も肝が冷えたぜ……」
「エマがうちに入って、結構時間経ってるんだね」
ベポの何気ない一言が二人の動きを止めた。
そういえばそうだな、と。
「おれ、キャプテンもエマも好きだから、二人が仲良くしてるの見るの嬉しいなぁ」
へへ、と笑うベポを見て、ペンギンもシャチも「そうだな」と笑みを浮かべたのだった。