お尋ね者



宝探しから一夜明け、逃げるようにしてソウニウムから出航したハートの海賊団は、次の島に向かい順調に航海を進めていた。


「おはよー。あれ、エマは?」

「そういや、頭の検査で昨日はそのまま医務室で寝たって言ってたな」


エマが朝寝坊なんて珍しい。
クルー達は口を揃えてそう言った。


「まだ寝てるんじゃねェ?昨日の功労者は間違いなくエマだし、疲れてるんだろ」

「そうだなァ、怒涛の1日だったもんな」

「キャプテンは?」

「寝てるんじゃないか?」

「まァ、ゆっくりしてても大丈夫だろ。航海に異常もないし」

「だな」


クルー達はそうしてもう少しの間、穏やかな時間を過ごすのであった。



***



「………………え、やだうそ、寝過ごした……?」


パッと目を開いた後の開口一番、そう零した。


「……ああ、そうだ。医務室で寝たんだっけ?」


セリムに頭を殴られた場所が場所だっただけに、ローに一応診てもらったのだと思い出す。
結果から言えば、傷口は奇麗さっぱり塞がり、痕も残っていない。
脳にも何も影響はなかった。
何が不服だったのかは知らないが、ローはチッ、と舌打ちをしていた。


「何事もなかったんだからよかったでしょうが……チッて何よチッて」


文句を言いながらベッドから足を下ろした。
その時、驚きで声を出さなかった自分を褒めてあげたくなった。


「びっ、くりした……」


ローが、椅子に座り腕を組みながら寝息を立てていた。


「ここで寝たのね……疲れが残るじゃないまっ、たく………っ、」


そこでふと昨日の事が、エマの意志とは関係無しに蘇る。
徐々に顔に熱が溜まり、思わずローの口元に目線がいってしまった。


「っぁ、」


なぜ自分がここまで意識しているのか、わからない。
今までだってキスの1つや2つ、それ以上の事だって経験があるのに。
今回されたのだって、元はと言えばエマが消毒液を持っていないかと聞いたところからこうなったわけで――


「………って、おれが消毒液だ、ってわけ?やかましいわ」

「なんの話だ」

「ッ!?」


突然聞こえた自分以外の声に、思わず飛び跳ねた。


「お、起きてたの…?」

「今しがたな……なんだ、化け物でも見たような顔しやがって」

「別に、なんでもないわよ!」

「で、消毒はできたのか?」

「なに言って……は?待って、ちょっと、聞いてたの?」


この世の終わりのような顔をするエマに対し、ローはニヤニヤと笑みを浮かべ、完全にエマをからかっている。


「あの時のお前の顔、いや今もか……くっ、くく、傑作だな」

「船長、表に出て」


顎でクイ、とドアの方を指すと「断る」とローは笑みを浮かべたまま言った。
その態度に殴ってやろうかとエマは考えたが、その考えは食堂の方から聞こえた叫び声でかき消された。


「騒がしいな」

「何かあったのかしら」


エマは握っていた拳を開いて小走りで食堂へと向かった。
どうしたの、と少し慌ててドアを開けば、そこにはテーブルの真ん中に写真を広げて群がっている仲間達がいた。


「あ、エマ!」

「起きたのか。おはようさん」

「おはよう。ねぇ、」


「なんの騒ぎ?」とエマが言うのと同時に、少し遅れてやってきたローが「なんの騒ぎだ」と食堂へ入ってきた。


「キャプテン!額!上がってますよ〜!」

「……手配書?」

「ジャジャーン!なんと億越え!我らがキャプテン!億越え!!」


かっこいいぜキャプテン〜〜〜!!となぜか本人より嬉しそうに騒ぐクルー達に、エマは苦笑いを浮かべた。


「おいエマ、お前もだぞ」

「え、何が……」


同じようにジャーン!とシャチがエマの目の前に広げた紙に写っているのは、髪もメイクもばっちり決まった見覚えのありすぎる自身の顔。
思わずシャチから奪いような形になり、手に力が入ったせいでぐしゃり、と皺が出来る。


「なっ…!何よこれェ〜〜!!」

「あ、やめろよエマ!皺になるだろ!」

「もうなってるぞ」

"不死"アンデッド、バーキンズ・エマ……1800万ベリー……」

「へェ、よかったじゃねェか」

「よくない!」


他人事のように言ったローに、エマは振り返り怒号を飛ばす。


「まァまァ、美人に写ってるじゃない」

「そ、うかもしれないけど…!」


イッカクに言われ、そこは満更でもないらしい。
奇麗な姿の時に写されたのは、不幸中の幸いだろうか。しかし、


(顔が割れたら、潜入捜査がしにくくなる……)


エマにとって一番のネックはそれだ。
大した額ではないが、一応賞金首ともなれば世間一般的にも認知される事になる。


「大した額じゃねェ。誰もお前なんか気にも留めねェよ」

「それはそれでムカつくわね」


自覚している事を他人に言われるのは、思いのほか腹が立つ。
エマはフン、とローから顔を背けた。


「案外あっちから来るかもしれねェぞ」


ボソリとエマの後ろで、ローが呟いた。

そんな事あるのだろうか。
いや、ないとも言いきれない。


「そろそろ自力で調べられる情報も尽きてきたんだろ?」

「…………」


図星だった。

今まであらゆる情報を集めてきたが、肝心の"奴"の居場所と"黒幕"の正体は未だ不明だ。
ソウニウムの件でやっと、何処か無人島の地下に研究所を作っているという噂、という情報を手にした。
こんなペースで、復讐はいつになったら果たせるのか。


「大体、"不死"アンデッドなんかじゃないって……何回言えば分かるのかしら、学習しないの?」


宴だと騒ぐクルー達を他所に、エマの表情はどこか浮かなかった。