黄金



『キャプテン!やばいっスよ〜〜〜!!』


上に向かって走っている最中、ローの持つ電伝虫が泣きながら訴えた。
声の持ち主はシャチで、どうやら相当焦っているようだ。


『海軍が来てます!おれ達の事、バレちまったみたいだ!』

「あの男ね……」

「もっとバラバラにしておけばよかったか、失敗したな」


どうやらセリムが海軍に通報したらしく、近くの駐屯地から物凄い速さでやってきたようだ。
おそらく、最悪の事態に備えて予め連絡はしていたのだろう。


『どうしますか!?つーか地下にそれっぽい部屋なんてないですよ!小さな部屋に、一冊本があるだけだ!』

「っ!ねぇ、シャチ!その本、悪いけど持って帰ってきてくれない!?」

『おっ、エマか!?無事だったんだな良かった!』

「シャチもね」

「お前等、地下はフェイクだそうだ。本当の場所は最上階だ、今からおれとエマで向かう。お前等はさっさと城を出ろ」

『アイアイキャプテン!エマ、後でな!』

「ええ…!」


受話器を戻せば、電伝虫は再び眠りに落ちる。
行くぞ、とローが走るスピードを上げれば、それに付いていけなかったエマが突然膝をついた。


「っ、どうした」

「これのせいで、力が、ごめんなさい……」

「チィッ、海楼石か……仕方ねェな、持ってろ」

「え?わ、きゃぁ……っ!?」


突然投げ渡された刀を受け取り、身体に浮遊感を感じたと思えば、ローに横抱きにされている事に気が付いた。


「ろ、ロー……!」

「黙ってろ、舌噛むぞ」

「むぐっ」


言われた通りに口を一文字に結び、落とさないように刀をぎゅっと抱きかかえた。
先ほどセリムに触られた時とは違う。
ローに触れられる事は、嫌だと思わない。

見上げる形になったローの顔をじっと見つめる。
その視線に気が付いたローは、眉を寄せてなんだ、と口を開いた。


「ごめん、船長」

「そりゃ、なんに対してだ」

「……ありがとう」

「……アホ」


言葉とは裏腹に、その口調はすごく優しいものだった。
目頭に熱いものがこみ上げてきて、見られないようにローの胸に顔を埋めた。


「船長、消毒液持ってない……?」

「なんだ急に」

「あいつにキスされたのが気持ち悪くて、洗い流したい」

「そりゃ災難だったな」

「絶対思ってないでしょう、その言い方」

「あァ、思ってねェし、そんなもん持ってるわけがねェ」

「酷い人、少しくらい同情してくれたって……」


いいじゃない――


という言葉は音にならなかった。

唇に感じた、柔らかい感触。
触れるだけだったそれは、たしかに――


「今はこれで我慢しろ」


ニヤリと口角を上げて言った目の前の男に、エマはただただ唖然とする。

そしてその様子を見て耐えきれなくなったローが吹き出したところで、エマはやっと我に返る事が出来た。


「〜〜〜ッ、お、下ろしてっ!!!」
「うるせェ足手まとい」


エマの大音量が響いた後、二人とは別の声が下から聞こえてくる。
それが海軍のものだと分かり、エマはげっ、と声を上げた。


「上だ!追え!!」


「ほらみろ。お前のせいだ」

「船長がっ!ばかな、こと!するからよ!!」

「あーあー、うるせェ」


バレてしまったからには、もう静かにする必要もないと思い、エマは勢いのままローを叱る。
他愛のない言い合いをしながら階段を駆け上がれば、ついに最上階の部屋へのたどり着いた。


「おい、急げ!」

「わかってるわよ!」


地面に下ろされたエマは、思い切りよく短刀で手首を切りつけた。
そして、流れ出る血液を女神の像が持つ器に、入れた。


「わっ……!」

「ッ、なんだこの揺れは…!」


すると、立ってられないほどの揺れが起き、女神の像がゴゴゴゴ、と音を立てて前に移動してくる。
その裏に隠し通路を見つけ、二人は互いに頷き合い、戸惑いもなく道を進んだ。

電気もなく、真っ暗なはずなのに、その場所は、キラキラと輝いていた。


「………あった」


見上げるほど積みあがった黄金が、そこにはあった。

いつもはポーカーフェイスなローも、さすがに驚いた様子で、口をぽかんと開けていた。


「あったわ、船長…!」
「あァ、あったな……さすがに驚いたが、さっさと運び出すぞ」
「でもどうやって――」


「その黄金は渡さない!!おれの物だ!!」


後ろから突然聞こえた声に、二人は振り向き、眉を顰める。
エマに至っては、隠そうとする事もせずに思い切り舌打ちをした。


「最悪……もう見たくなかったのに……」


セリムが海兵の大群を連れて追いかけてきたのだ。
エマとローは刀を抜き、身構える。


「船長、どうするの」

「心配するな、すぐに終わる」


おもむろに取り出した電伝虫で、ローは何処かに電話をかける。
ガチャ、と音を発した後聞こえてきたのは、ハートの仲間達の声だった。


『キャプテン!準備いいよ!』

「よし、"ROOM"ルーム


大きなサークルが二人と黄金を包んだ。
エマはローが何をしようとしているのか理解すると、構えた刀を下ろした。


「なんだ?何をしようとしている……?」

「もう、会う事はないわ。一生ね」

「ッ!?何をやっている!あいつ等を捕らえろ!!」

「もう遅い」


セリムの怒声が響き、海兵が一斉に襲い掛かった瞬間――


「"シャンブルズ"」


気が付けば、エマは城の外にいた。

すぐに視界を覆ったのは、黄金に驚きながらも二人の帰還を喜ぶ仲間達の姿だった。


「エマ〜〜〜〜!!」

「ベポ!みんな!」

「よかったお前!心配したんだぞ!!」

「キャプテン!無事で何よりです」

「あァ」

「よォーし野郎共!!このままさっさと船に戻って出航だァ!!」


エマとローが飛んだのは、外に待ち構えていた大型の台車で、それに積んでいた大量の岩と黄金を入れ変えたらしい。
あとはクルー総出で台車を引っ張り、船の停めてある港へと向かうだけだ。


「……今頃怒り狂ってるかしら」

「さァな。知ったこっちゃねェ」


黄金に寄り掛かり、ローは喉を鳴らしながら言う。


「黄金探し、おれ達の大勝利だぜ〜〜〜〜!!」


イヤッホーイ、と叫ぶシャチの声が、夜の闇に轟いた。