救出
「な、なんだお前は!?どこから……!」
「うるせェな」
黙ってろ、とローは刀を薙いだ。
スパン!と音を立て、セリムの身体が真っ二つになる。
「"タクト"」
ローは能力で、浮いたセリムの身体を雑に床に投げ捨てた。
上に乗っていた重量感から解放された事で、エマはゆっくりと上体を起こした。
「うっ……」
「おい、しっかりしろ」
「せんちょ、う……」
やはり目は虚ろなまま、ローを見つめていた。
「脳震盪だろうな。傷口は……塞がってきてるな、戻ったら一応診てやる」
「ん、ありがとう」
頭を押さえながらローに手を借り、やっと立ち上がる。
目が回る、と愚痴を吐きながら、エマはただただ困惑の声が漏れているセリムを見下ろした。
「残念ね」
「エマ……貴様ッ…!」
「怒りたいのはこっちの方よ。力の出ない女性を無理やり犯そうとするなんて、最低、クズ、変態野郎」
いつもより覇気もなく、ゆっくりと優しい口調だが、間違いなくセリムに対する軽蔑を含んだ言い方をする。
「待て、力が出ないってのは何の事だ」
「これよ」
トントン、とダルそうに指をさしたのはあの首輪。
「海楼石。これ、誰が作ったのか教えてくれる?」
「…………」
「…………聞き方を変えるわ。ジュリー・マートンは今何処にいるの?また不死やらなんやら研究を始めたのかしら?」
たしかに、その名前を口にした瞬間、セリムの眉がぴくりと動いた。
こめかみを汗がすべり落ち、セリムが何かしら自分の求めている情報を持っている事は明らかだった。
「時間がないの、早くして。殺されたくなければね」
「くくく、お前にそんな度胸はない。分かっているぞ」
そう言ったセリムに舌打ちをしながら、エマは室内を見渡した。
一つのクローゼットを見つけると、なんの戸惑いもなく開け放つ。
あった、とその中から取り出したのは、ここに来た時にセリムに取り上げられていたエマの愛刀だった。
鞘から刀を抜きながら、ゆっくりとセリムに近づいた。
男を見下すエマの目に、情など欠片もなかった。
「悪いけど、殺せるわ」
低く言い放ったその殺気に、セリムの身体がブルブルと震えだす。
「あなた達がバーキンズを実験材料としか思ってないように、私もあなたをただのゴミクズだとしか思ってない」
ゴミを切るのに情なんてわかないでしょう?とにっこりを笑顔を浮かべる。
声を発する事の出来ないセリムにため息をついて、大きく刀を振りかざした。
そして躊躇する事なく、それを振り下ろす。
「まっ、待ってくれぇ……ッ!!」
室内に響いたその声に、間一髪、エマの刀は男の心臓を貫く事なく静止した。
「ま、マートン、は…っ、居場所はわからない…!本当だ、ただ、どこかの無人島の地下に研究所を作っているという噂は聞いている……!」
「噂?」
「信じてくれ!不老不死の実験に加担しているとは言っても、詳細は知らされていないんだ……!たまに、電伝虫で会話をするくらいで……」
先ほどまで余裕の表情で見下してきた男が、今度は涙を流しながら情けない姿で命乞いをしている。
不死身の次は不老不死の研究かと、エマは再度大きくため息をつくと、刀を鞘に納めた。
「番号は?」
「……数日前から、音信不通だ」
「つ、かえないなァ……ッ!」
それまで抑え込んでいた怒りがついに露になる。
少しの沈黙が流れて、それを破ったのはローの落ち着いた声だった。
「おい、あまり時間をかけるとコイツの部下がやってくるぞ。さっさと黄金とやらを奪って撤収だ」
「黄金……?黄金などない……、あれは嘘だ、ロゼの、くだらない嘘だ……!」
「なんだと?」
「……嘘じゃないわ」
「…………なに……?」
セリムの言葉を否定したのはエマの声だ。
その声は、すでに落ち着きを取り戻し、セリムを哀れんだ瞳で見つめた。
「地下はフェイクよ。本当の宝は、時計台にあるわ」
「なんだと…!?どこにそんな情報が……!」
「鍵と一緒に古びた紙を見つけたわ。内容はこうよ、"女神の器にバーキンズの血を捧げよ"」
セリムに首輪をつけられ通信手段も奪われた後、エマは部屋を抜き出し城内を探索していた。
社交界までの少しの時間だったが、それだけで十分だった。
"ここと故郷にあった王宮が同じ造り"だと確認出来れば、それでよかった。
「この城の最上階に、時計台があるわね。そこにある女神の像が持っている金の器。あれにバーキンズの血を流す事で隠し扉が開くはずよ」
「なんだと…?お前、鍵以外は何もないと……」
「そんなの嘘よ、教える訳ないじゃない」
淡々と言ってのけたエマに、セリムが絶望の表情を見せる。
それをただただ見つめるエマに、ローが声をかける。
「おい、場所が分かったならさっさと行くぞ」
「ちょっと待って」
エマはセリムのスーツの胸ポケットを漁ると、小さな物体を2つ取り出した。
「返して貰うわね」
ハートの海賊団のトレードマークが入ったイヤリングだった。
それを慣れた手つきで耳に付けると、立ち上がり部屋を出た。
人形のように倒れ込む男に、一瞥もくれる事はなかった。