それはXデー

カカシ先生。
俺の大好きな先生。
やっと俺を俺として認めてくれた大人。いつも何を考えているのか分からなかったけれど、カカシ先生は褒めてくれた、「よくやった。」そう言って俺の頭を髪がぐしゃぐしゃになるまで撫でてくれた。
カカシ先生は他の大人とは違う、俺に優しくしてくれた。
やっと俺も、九尾ではなく"うずまきナルト"として認められたんだ、そう勝手に思い込んでいた。

俺が修行したいと言えば、付き合ってくれた。
一楽に行きたいと言えば、「今日頑張ったご褒美ね。」と言って奢ってくれた。
だから、俺はカカシ先生に知らず知らずのうちに懐いていた。
カカシ先生の傍は安全なんだと、思っていた。
それは二年半経った今でも変わらずに、"俺が思うカカシ先生"は俺の中で無意識に確立されていた。


だからなのか、今目の前にいるカカシ先生が別人であって欲しいと思った。

「好きなんだ、だから俺と付き合おう。」

俺に拒否権はないのか。いや、それは問題じゃないよな。
まさかカカシ先生が、そんなこと今まで考えたことがなかった。

ガキの頃から九尾を腹に抱えてるせいか、何かと因縁をつけられその度に暴力を振るわれ罵倒された。まだそんな事は、かわいい方で中には、物珍しさからか若しくは本当に頭の可笑しい奴なのか、そんな奴からは、何度も欲の捌け口にされそうになった。
大人への警戒心が強い、そう言っていたアカデミーの教師達、当たり前だ。大人は嫌いだ。
でも、カカシ先生だけは違うと思っていたんだけどな ―

「…断るってばよ。」
「ナルト、」
「カカシ先生まで、俺に嫌がらせすんのな。…先生は違うと思ったのに、」

優しかったカカシ先生、大好きだったカカシ先生、でもそれは所詮俺の勝手な想像だった訳だ。
呆然と俺を見るカカシ先生を置いて、俺は振り返ることもせず歩き出した。
その後ろで深く溜息を付いたカカシ先生の表情なんて俺にはどうでもよかった。

「…ふっ…う、」

何故だか分からないけれど、涙が止まらなかった。

 * * *

時間が経てば翌日は嫌でもやってきて、またカカシ先生とサクラちゃん、サイでの任務が始まる。思い出すのは昨日のこと。

(最悪だってばよ…)

出るのは溜息ばかり。いつも二時間の遅刻は当たり前のカカシ先生が今日に限って、

「よっ!」

カカシ先生は遅刻して来なかった。飄々と現れた。
昨日見た緊張したカカシ先生とは全く違っていた。何だったんだ、昨日のは。
俺は無意識にカカシ先生を睨みつけていた。
するとそんな俺の視線に気づいたのか、カカシ先生は困ったように笑った。
どうして困ったように笑ってるんだ?どうせ嫌がらせだろ?

「ナルト、今日ちょっといいか?」
「……。」

どうしてそんなに俺に構う?
俺はそのカカシ先生の問いに答えず、サクラちゃんの元へ走った。
途中伸ばしかけたカカシ先生の手が視界の端に見えたけど、俺はその手を見なかったことにした。
だってどうせカカシ先生も嫌がらせに決まってるだろ。
与えられる優しさを期待してどうする。

「ナルト?」
「どうしたってばよ、サクラちゃん。」
「あんた、カカシ先生と何かあったの?」
「何って…?」
「カカシ先生と目も合わせようとしないじゃない。あんなにカカシ先生にべったりだったのに。カカシ先生も、カカシ先生よ。任務中ずっとあんたのこと見てるんだから。」

正直サクラちゃんの観察力が怖い。

「じゃあ、また明日ね。」
「おう!」

二人手を振って別れた。
サクラちゃんと別れて、帰路につく。すっと角を曲がるとそこに一番会いたくない人が俺を待っていたかのように立っていた。

「カカシ先生…っちょっと!」

俺がカカシ先生の動きを認識する前に、気が付けば背中は壁に手首はカカシ先生に掴まれ身動き出来なかった。

「冗談っ…きついってばよ!」
「俺が冗談でこんなことすると思う訳?」

近いせいでカカシ先生の殺気にも似た怒りが伝わってくる。
無意識に体が震えていた、それは大人たちに抱く恐怖と同じでさぁっと血の気が引いた。怖い、カカシ先生が怖い。
ただそれだけが俺の頭でぐるぐる回っていた。
カカシ先生に掴まれている手は震えて、足も竦んだ。冷や汗が額に浮いて、俺はそれをなんとか隠そうと歯を食いしばってカカシ先生を睨み付けた。

「ナルト…本当だったんだな、」
「なにが…ちょっとカカシ先生!?」

何が、その俺の呟きにカカシ先生はすっと俺から離れたと思うと、俺の掴んだままの手首を引きバランスを崩した俺はカカシ先生の腕の中に納まる形になった。
そんな風に優しく抱き締められることがなかった俺は、どうすればいいのか分からなかった。ただ、開いた両手を彷徨わせていた。

「ナルト…俺はね、」

そっと俺の頬にカカシ先生の手が添えられた。
驚いて、肩を震わせた俺にカカシ先生は困ったように笑った。

「あ……」
「ナルトが好き、」

そう言って微笑んだ。素顔のまま。
いつの間にか体の震えは止まっていて、俺は一気に顔に熱が集中するのを感じた。
反則だろ!下忍の頃から見たくて見たくて仕方なかったカカシ先生の素顔が、今俺の目の前に晒されてる!その事に俺の頭の中は一杯で、抱き締められたままカカシ先生を突き飛ばせずにいた。
そんな俺にカカシ先生は「離さないよ。」そう言ってまた笑うんだ。
普段、皆の前では見せない表情だ。優しい顔、でも熱い視線。
そんなカカシ先生に釘付けになって、さっきの恐怖心は消えていた。
近づいてくるカカシ先生の表情は今までに見たこともなくて、俺は ―

それはXデー
最悪で最高の日


終わり

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