初戀の萌し・5

「…大久保さん…。椅子は私の部屋にもありました。」

大久保さんはそうかと言いながら、部屋の上座に座った。私はそれに従いその前に正座で座り頭を下げた。

「さっきは困っていた所を助けて頂いてありがとうございました。」

「ふむ。お前を助けたというより、お前から坂本君達へ探索が波及しないかを恐れたまで。礼には及ばん。一緒にいた中岡君に寺田屋の連中への連絡は頼んでおいたから心配するな。何故、お前があやつらと一緒にいたのか、武市くん達はどうしたのか、お前の言葉で良い。全て順を追って話せ。」

それから、時々詰まりながらも事のあらましを説明した。話し終わった後、大久保さんは深い皺を眉間に作り、深い深い溜め息を吐いた。

「小娘が物知らずなのは知っていたし、無鉄砲なのも私への啖呵で解っていたが、此処まで頭の回転が悪いとは思わなかった。」

「……すみません…。でも、以蔵を囮にして自分は安全に逃げるなんて……。」

「…卑怯か?……公明正大は良い事だがな、武市君と岡田君はお前と同じ、いや、男が女子にしかも小娘に庇われたのだ、更に苦い思いを噛み締めていると思うが…。」

「…あ……。」

そうだ。私のいた所でだって、男が女に助けられるなんてって思うのに……ここは男女並んで歩いたりもしない位だから、私は二人の顔に泥を塗ったって事?

「……まあ、先程の件は男の沽券等と言っている場合ではなかったがな。…もし、あのまま連れて行かれてたら、どうなっていたか判るか?」

「……分かりません。」

ふう、大久保さんはまた大きな溜め息を吐いた。
じっと私を見ると

「あいつら個人は知らん。だが、集団の奴らは危険だ。血を見る事に躊躇しない。ましてや、女の口を割る方法等……。その身に刻み込むんだな。」

そう言うと大久保さんは私のすぐ側に近付いて来て、手を伸ばしたと思ったら……私の身体は畳の上に押し倒されていた。大久保さんの吐く息が荒く首筋にかかる。ぞくりと身震いがして、それをきっかけに私はありったけの力で手足を動かして暴れて抵抗した…はずだった……のに、私の力では細く見える大久保さんの身体でもびくともしない。そうするうちに大久保さんは私の身体を撫で回し始め、胸に手が掛かる。

「…い、嫌です!嫌、止めて下さい!」

私は必死に声を搾り出して訴えた。

「……奴らは、止めんぞ。今回はたまたま上手くいっただけの事だ。よく覚えておけ……。」

私を見下ろす大久保さんの目は真剣だ。からかいの色は混じってない。
なんだか、急に目の前がぼやけて涙がこぼれ落ちる。本気で心配かけちゃったんだ。本当に危なかったんだ。思いつきだけで、後先考えない自分に激しく後悔していた。
不意に、大久保さんが私の目尻に唇を優しく充てた。そして、そっと身体を離すとこちらを見ずに立ち上がると背を向けて縁側に出る。

「…襟と袷を直せ。送って行く。」

私ははいと返事をして、拭われた涙の跡を押さえながら、大久保さんの背中から視線が外せなかった……。





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