Merry Christmas,Mr...・1
「……………」
「……………」
と或る行きつけのバーにて。…と言っても、現時刻は3:00p.m。勿論、開店前である。
今、此処に居るのはアルバイトの岡田さんとわたしだけ。
…切っ掛けは、わたしの一言だった。
*
『──そのデコ、珍しいですね。風車?』
──昨晩のこと。カウンター越しに岡田さんの携帯を偶々見かけた折、その変わったデコレーションが気になり声をかけると、彼はあぁと一言素っ気なく返事して見せただけで、次の瞬間には携帯をポケットに仕舞い、空いたグラスをそっと掴んで片付けた。
『──…此奴、風車が好きでな』
マスターが代わりにそう教えてくれ、彼のことがまた一つ知れて嬉しく思い、頷いて再び目線を流す。偶然彼の携帯に何かの着信が有ったようで、ラインストーンが赤い光を放っていて綺麗だった。
『…私も欲しいな。風車…──』
無意識に口走った言葉。
これが…、──
*
「──…切っ掛けだったんだよなぁ…」
小さく呟いても、がらんとした店内ではよく響く。
だけど、テーブル越しに座るこの人の耳には全然届いていないようだった。
「……………」
わたしの携帯に向かい、一所懸命に作業している彼を見つめ、思わず息を漏らした。
実はあの後、帰り際に声を掛けられ。
好きな色のマニキュアを用意しろ、と言われ、首を傾げたら…──
『…明日、昼間。付けてやる…』
と。
やはり素っ気なく言われたわけですが。
…正直、すごく嬉しくて。
次の瞬間には、二つ返事していた現金なわたしだったのでした。
………だって、今日って、巷では大イベント。
…クリスマス、なんだよね。
まさか、こんな形(デートとかじゃなくて)でも好きな人と一緒に過ごせるなんて思っていなかった。しかも、このデコレーション、お揃いになるし。
…なんて、ついつい浮かれてしまう。
目の前にいる、真剣な彼には不謹慎に思われるかも知れないんだけど。
わたし、今、すごく…幸せだ。
「──…何か面白い事でもあったか」
「……えっ」
唐突に話し掛けられ、飛び上がるように反応したわたしに苦笑しながら、その手は作業を止めない。
「さっきからニヤニヤして、やけに楽しそうだったから」
「あ…、はは……」
やだ、わたし、顔に出てたんだ。浮かれ顔なんて、恥ずかし過ぎる。
「…す、すみません」
「……ふ」
笑って誤魔化しても、彼は何でもお見通しみたいだ。
伏し目がちに笑う顔に、わたしの胸はきゅんと高鳴る。
「…あ、あの」
迷惑じゃなかったですか。
恐る恐る訊ねると、視線を向けずに「何故」と問い返された。
「…昨日は遅くまで…、ていうか、明け方まで仕事だったのに。本当は寝てなくちゃいけない時間じゃないんですか…?」
疲れてませんか。
疑問符付きの台詞を呆れるほど浴びせられた彼は、くっと喉を鳴らして笑う。
「睡眠は十分摂れた。昼間は活動してないと、かえって怠くなる」
だから心配ないと、優しくそう言ってくれた。
いつもは素っ気ない彼だから、こうして柔らかい表情を見せてもらえただけで胸が満たされる心地がする。
「…それを言うなら、あんただって」
静かに、落ち着いた声音で続けた。
「俺がこんなんやってて、ただ見てるだけじゃつまらないんじゃないか」
「…っそ、そんなことは…──」
──不意にカランと玄関のドアが開く音がして、振り向く。
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