Kiss of Fire!

12月24日
クリスマスイブ
恋人達が甘い時を過ごす日――

「はぁぁぁ………」

私は盛大にため息を漏らすと赤い扉の鈍い真鍮の取っ手に手を掛けた。

カラコロン

私の重い気分とは裏腹に、耳に心地よい音を小さく響かせて、その世界が開かれる。

薄暗い中暖かなランプが灯る
静かに流れるJAZZ
思い思いに語らう小さな騒めき
店内はゆったりとして静かだけれど、楽しげな空気が漂う。


「おう!詩乃。来たか」

太陽のような笑顔をこの店の主に向けられて、荒んでいた気持ちがちょっぴり温かくなる。

「悪かったな、こんな日に彼氏を借りて」

「!わ、私、別にそんなんじゃ……」

カウンターに座りながらオーナーの高杉さんに言われた言葉に心を掻き乱され、焦る。

「どうしても人が足りなくてな、まあ今日は客が引くのも早いが…」

高杉さんの話を聞きながら、私の意識は目の端に捕えた彼に集中する。
彼は私が来たことなど気付かないようで、フロアーを忙しなく動いている。


以蔵……


心臓がとくとくと駆け出しきゅっと締め付けられる。

私の鳴り響く心音は指先にまで伝わりそうで、震えないように意識しながらメニューを手に取る。



「キッス・オブ・ファイアを」

メニューを見ても全く字を追えず、耳に煩い緊張を誤魔化すように、結局私はお気に入りのカクテルを注文した。

アルコールの強いこのお酒をちびちびとゆっくり飲むのが好き。ルビーレッドのショートベースが私を大人にしてくれそうで。

マホガニーのBarカウンターにそのカクテルを置くと深紅になって以蔵の瞳によく似ている。






以蔵と私は出会った時から波長が合っていた。

男の人が得意でない私だったけれど、何故か以蔵とはごく自然に話せた。

以蔵も人を寄せ付けない雰囲気を常に纏っていて、女の子はみんなちょっと怖がっていたけど、私とはよく話をしてくれた。


最近は修得している授業が違うから、あんまり会わないけど時々進路の相談に乗ってもらったりしている。
だから以蔵がこのBarでバイトしていると聞いた時は嬉しかった。

だってここに来れば以蔵に会えるから。

そう、私はいつの間にか以蔵に惹かれていた。
友達としてではなく異性として…。
意識したのは些細なきっかけだったけど、そう気付いてからはどんどん想いは深くなっていった。

でも、勇気のない私はそのままの関係にずっと甘えていた。


けれど季節はクリスマス
街は赤、緑、金色で聖夜を迎える準備一色。
自然に気持ちも盛り上がる。

やっぱり私だって好きな人と一緒に過ごしたくて、それにこういう日に誘うってことは、遠回しだけどちょっとは私の気持ちに気付いて欲しくて。


「以蔵…24日は何か予定ある?」

何気ない風を装って聞いてみたのが十日前。

「バイトだ」

あっけなく散った私の小さな目論見。
その瞬間の落ち込みは酷かった。


…だって、実はもうプレゼントも用意してあったから。

我ながら情けない。
ドキドキしながらお店を何件も回って、少しでも喜んで欲しくて何日もかけて選んだのに…。


「一緒にイヴを過ごして欲しい」


その一言がどうしても言えなかった。
恋人になりたいとか、告白するとか大それたことまでは考えられないけど、とにかくクリスマスを一緒に過ごしたかった。

でもでも、イヴにバイトってことは他に付き合ってる女の子とかいないってことだよね。
自分を慰めるように考えても気持ちは晴れない。

はぁー…

結局今日も落ち着かなくて、散々迷ったあげく縮こまる気持ちを奮い立たせてバイト先のBarに来てしまった。


やっぱり

どうしても一目

会いたくて




「お嬢さん、一人?」

ぼんやりとグラスに伝う水滴を指でなぞりながら思考に陥っていると、すぐ耳元で声がした。
驚いて、声の方を見れば

ち、近い!だ、誰?

「こんな可愛いお嬢さんと出会えるなんて光栄だなあ。
俺と一緒に違うところで飲み直さない?」

すぐ隣にカウンターに肘をついて、知らない男の人が私の耳元で囁いていた。
仰け反る私がグラスにかけていた手をいつの間にか取られ…


「!!あ、あの…わたし」

「乾さん!そいつは俺の知り合いだ。彼女はこれから用事があるっ」

いきなりのことで狼狽えていると、高杉さんが私の前に戻ってきてカウンター越しに遮ってくれた。

高杉さんは私が乾さんという人に取られ、さすられていた手をやんわり外してくれた。

「そうかい。残念だね。滑らかな手をお持ちの可愛いお嬢さんなのに、では次の機会に。
また会えるといいね」

乾さんはねっとりとした視線とウィンクを残して向こうのテーブルに去っていく。

あ、ちょっと寒気が…。


「岡田!今日はもうあがっていいぞ」

呆然としていると高杉さんがフロアーにいる以蔵に声をかけた。

「すまなかった。ちょっとクセのある常連でなっ。お詫びに今日は俺のおごりだ。」

高杉さんは私にそう言うと軽くウィンク。
うっ、同じ仕草でも人が違うとこうも違うんだ…。

「これから岡田とどこか行くんだろ。寒いから気をつけろよ。まっ、恋人達には寒さは関係ないかっ」

ニヤリと笑って冷やかすような高杉さんに、私は曖昧な笑顔を返すしかない。

そうだったら、どんなにいいだろう……。

心ここに在らずで高杉さんと会話していると

「ほらっ、岡田が待ってるぞ!」

戸口を見ると着替えた以蔵が無言でこちらを見て立っている。

「あ、ごちそうさまでした!」

「おう、いいクリスマスを過ごせよ!」


カラコロン


今度は二人で赤い扉をくぐる。

外に出ると白い息。冬真っ盛りの季節。

「…………」

「…………」

…な、なんか気まずい。

待っててくれたってことは一緒に帰っていいってことだよね。

早足で進む以蔵に遅れないように懸命についていく。
背中を見つめて歩くけど、そんなに離れていないのに、なんだか見失ってしまいそうで…。

私は意を決して小走りして以蔵の隣にならんだ。
無言で歩き続ける彼の顔をそっと盗み見る。

車のライトに照らされては暗くなる横顔。
どこか遠くを見つめる眼差し。


以蔵…怒ってる?

高杉さんの計らいで二人の時間を持てて、浮き足だっていた私の気持ちは一気にしぼむ。

どうしたんだろう。
バイトの邪魔しちゃったから?
連絡もなしに来たから?
そもそも何も言われてないのに、付いてきたから?

でも、確かに戸口で私のこと待っていてくれたよね?
えっと、他に思いあたることは………。


街路樹の煌めくイルミネーションが対照的に私の心を余計に暗くする。

心臓を鷲掴みされたようにぎゅうっと心が痛む。


こんな日に、こんな気持ちになるなんて。


冬の夜の冷たい空気が私の頬を突き刺すよう。
行き交う恋人達の楽しげな雰囲気にいたたまれなくなる。
寒さで凍えそうな顔にじんわりと涙が浮かんでくる。


「以蔵…あの」

溜まらず声を漏らした瞬間、以蔵に腕を引かれて脇道に引っ張られた。

「…きゃっ」

「………」

私を壁に向かってトンと押しやると、顔の横に手をつき少し屈んで覗きこむようにしてくる。

今日初めて以蔵の顔をきちんと見た。
でも、影になって表情は良く見えない。瞳だけは通りの光を反射して光るのがわかる。けど真剣な眼差しが少し怖い。
さっきとは違うドキドキが込み上げてくる。 

「あの…」

「何を……」

「……えっ?」

「高杉さんと何を話してた」

一瞬、彼が何のことを話しているのかわからなくて時が止まる。

「それから乾ともだ。何をされた」

凍った思考は寒さだけのせいじゃなくて……。
なんだか、いつもの以蔵じゃないみたい。

「えっと…あの」

覚束ない思いのまま目を左右に泳がせてしまう。
私がなんとか言葉を繋げようとした瞬間――。

以蔵の顔がすっと降りてきて


………

えっ…

以蔵にキスされたと気がついたのは強く、きつく強引に押し付けられたそれが私の唇から離れた時。

あっ…

ええっ!?!!

軽いパニック状態で瞬きを繰り返して以蔵を見返せば、以蔵もハッ、と驚いた顔をしてすぐに視線を外した。
ドクドクと駆け出した自分の心臓が今にも飛び出してしまいそう。


「す…まん…つい」

「あ…わたし」

い、今のは…

「その……
お前の…気持ちを無視して悪かった。お前は俺のことなど何とも思ってないのに……
っ!泣いてるのか?」

驚きの余り引っ込みかけた涙が、ポロリと頬を伝う。
私の気持ち?

……私の気持ちは…


「…い、以蔵〜〜」

「な、泣くな!俺が悪かった…その」

「違う!違うよ…わ、わたしの気持ちは…」


頑張れ!私!
自分の気持ちを伝えなくちゃ
緊張で震えの止まらない自分を抱き締め
今年一番の勇気を出して
詩乃!
女の底力今こそ見せろ!


「!!私、以蔵が…好…き」

語尾が小さくなっちゃったけど、なんとか目を逸らさずに見つめかえせば

「………」

口をぽかんと開け、目を見開いたままの以蔵。
フリーズしたまま徐々に顔が赤くなっていくのが薄暗い中でもわかる。


ぎゅっ!!

突然以蔵に抱き締められた。
暖かな吐息が私の頭をかすめる。
ドキドキは最高潮で息も苦しい。とっても長い時間に感じる。
ツルリと滑る以蔵の皮ジャンの脇を恐る恐る掴む。


「俺はてっきり……
お前が他の男と話しているのを、手を握られてるのを見て頭に血が登った」

「!………」

「詩乃が、俺のことを友達だとしか思っていないとわかっているのに、どうしても止められなかった」

それって、…もしかしてヤキモチ妬いてくれたってこと?
!!
じゃあ…以蔵は
…以蔵は……


「私は、以蔵が好きだよ。
…以蔵が好きっ」

一度出した勇気は大きく膨らむ。
震える声で大きく告げた。

「えっ!けど…お前…」

「以蔵は?
 ねぇ…言って?以蔵の言葉で」


じっと以蔵の言葉を待つ。
大きな期待と少しの不安がまだ、私を揺らす。


少し腕を弛め
以蔵が私の瞳を覗きこむ。
今度は強くて優しい瞳が見える。
風が動き耳元に息がかかる――


「      」

私が欲しかった言葉が少し擦れた声で紡がれる。

二つの気持ちが重なった瞬間。

強く逞しい両腕に、壊れ物を扱うように優しく包みこまれる。
以蔵の服を掴んだ手に力を込めれば、再び以蔵の顔が近づく。
以蔵、好き――

さらりと以蔵の前髪が私の額に触れる。

二度目のキスは優しくて甘くて柔らかくて温かくて…。
寒さを忘れるような、身も心も溶けるようなキス。


冷えきった私の唇が熱く、ほのおの様に燃える。






私達は二人並んで街を歩く。

ゆっくりと以蔵と二人で歩く。

お互いの顔を時々見て微笑みあい。

「だらしなくニヤニヤするな」

「なによ〜以蔵だって」

わざと膨れてみせれば、以蔵が私の膨らんだ頬を人差し指で押す。

「もうっ!」

えへへ、我ながら調子がいい。
足取りまでもがふわふわと軽やか。
赤く熱を持った頬が、冷気にさらされて心地いい。


「……以蔵、今日バイトだって言うから悲しかったんだから…」

さっきとは違うドキドキを抱えながら、思い切って心の内を少しずつ話す。

あれ?以蔵の顔がみるみる赤くなる…


「…詩乃はよく店に来るだろ。今日バイトに入ったら、もしかしたら会えるかもしれないと…」

「えっ?」

ふい、と視線を反らす以蔵がなんだかとっても愛しい。

神様ありがとうっ!
クリスマス万歳!


私のカバンの中に忍ばせたプレゼントが出番を待ちきれずに私をつつく。


以蔵によく似合う緋色のマフラー


「以蔵、あのね……」










Silent Night!
Holy Night!
恋人達の夜。
今夜みんなが大好きな人と過ごせますように――










――――――――

晋作’s Barのクリスマス企画作品です。
光栄にもいちこさんとコラボさせていただき、私はイラストを担当しました。

タイトルはカクテルの名前。
このカクテルの色のような瞳をした以蔵に、こんなふうに迫られたら本望です!



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