hydrangea

空を覆った、灰色の雲。
降り出しそうな雨に、君を想う。


――いま、笑ってるかな。




そういえば、はじめて出会ったのも、こんな雨の降り出しそうな空の下で。
それはまだ、僕が――新撰組が、京にいた頃。

巡回中の僕の前に現れた、一人の女子。
いまでもあの姿は、目に焼きついて離れない。
異人のような服、結いもしない髪。
京の町の真ん中で、そんな格好は怪しすぎだよ。
どうやって声をかけようか、女子だからいきなり刀を向けたらいけないだろうと、そんな事を考えてる間に。
君が、こちらへ振り向いた。


「君は――」

「あなたは、誰ですか?」

「は?」

「ここ、どこですか?」


穢れのない、綺麗な瞳だと思った。
きっと笑ったら、もっと可愛らしいのにと、泣きそうな顔に言う。


「僕は、新撰組の沖田総司です」

「しんせん、ぐみ?」


君は首を傾げて。
僕はなぜだか、嬉しくて。


――それが、詩乃さんとの出会いだった。


ああ、それと。
あのとき言い逃してしまったけど。

珍妙なあの格好も、君によく似合っていると思いました。




「ここです、ここ!」


一軒の馴染みの茶屋へ入る。
三度目に会ったとき。
新撰組を知らないと、僕を知らないと言った、詩乃さんを連れて。


「ここの団子が最高なんです!」


僕の、そしてすぐに君も気に入ることになる、とびきり美味しい団子を頼んで。
土方さんの句集の話だとか、近藤さん自慢の大きな口の話をしながら。
詩乃さんは大笑いして。
僕は続けて、原田さんの腹傷の話をしたりして。


「沖田さん、沖田さん」

「うん?」

「あーん」

「えっ!?」

「ほら、」

「なっ、何のつもりなんです!?」

「早く!口開けてください、あーんって!」

「え、はい・・・。あ・・・あー・・・」


開けた口に、詩乃さんが団子を入れてきて、僕はそれを食べた。


「・・・ね?美味しいでしょ」

「ん・・・うん、美味しい、です」

「あー」

「って、君もするんですかっ!?」

「・・・?そうですよ、早く!あーー・・・」


奥歯が見えてしまうくらい、大口を開けて。
あの近藤さんだって見たらきっと驚くだろうな、なんて思いながら。


「美味しいですか?」

「うんっ、おいひー!」


幸せそうに、頬いっぱいに団子を詰め込む君を見て、僕はつい、声を出して笑ってしまった。
それから僕は少し浮かれて、いつもより、たくさん食べてしまって。
夕餉が食べれず、土方さんに怒られたんだった。――あーあ、嫌なこと思い出しちゃったよ。


そうそう、それと。
つい言えなかったけれど。

君に食べさせてもらった団子。
恥ずかしい気持ちが先立って、正直、味なんて解らなかったんだ。




「あ・・・!詩乃さんっ」


何度目かに会ったとき、静かな雨の日だった。
なんとなく、会えそうな気がして覗いた路地裏。

浅葱の羽織を纏った僕。
君は、笑顔だった。


「こんにちは、沖田さん。お仕事中ですか?」

「いえ、今終わったところです。・・・それより、雨・・・嫌ですね」


晴れていたのに、急に降り出した。
傘を差しながら、詩乃さんの肩が濡れていることに気付いて。
羽織をかけた。
浅葱色に身を包んで、真っ赤になる君。


「私は雨、・・・嫌いじゃないです」

「そう?」

「だって、ほら」


綺麗でしょうと指差す先に、咲き始めた紫陽花。
雨を浴びてきらきら光ってる、とは君の言葉。


「雨に会えて嬉しいって、紫陽花が言ってる」


もちろん、紫陽花が喋るはずはないんだけれど。
もう一度、そちらを見ると。
僕もそうやって、言っている気がした。


「私も嬉しい」

「どうして?」

「沖田さんに、会えたから」

「・・・・・・僕もだよ。君に会えて、嬉しい」

「沖田さん、私、沖田さんのこと好――「待って、」

「え・・・?」

「僕が、先に言うよ」

「・・・沖田さん」

「先に、言いたい」


会いたくて会いたくて、やっと会えた。


「好きです、詩乃さん」


雨を待つ、紫陽花みたいに。


「・・・私も。好きです、沖田さん」

「・・・綺麗ですね」

「え?」

「紫陽花」


頷いて、微笑む君。
穏やかに降り続く雨に、傘を放って。
僕は君を、強く抱きしめた。


あの時。
なんだか照れくさくて、話せなかったけど。

本当はね、紫陽花なんかじゃなくて。
詩乃さんが綺麗だって、そう、思ったんだ。




そして、あの日。


「こんばんは、御用改めに参りました」


皮肉だけど、あの日も雨で。
それも、地面を打ち返すくらいの、土砂降りで。
屯所を出るとき、ああ、嫌だな、なんてちょっとだけ、思ったんだ。
そんなことを思うだなんて、これまで一度だってなかったのに。

嫌な予感って言うのは、当たるんですね。


「え・・・」


僕が、見間違えるはずなかった。


「詩乃・・・さん?」


――君を。


「なんじゃ、おんしら知り合いか!」

「・・・・・・・・・」

「龍馬さん、それより逃げるっスよっ!」

「さあ、詩乃さんも!」

「あ・・・・・・」


絶対に、見間違えるわけなかった。

だって。

その瞳はたしかに僕を見て。
その手はたしかに僕に触れて。
その唇はたしかに、僕を。


僕を好きだと、言ってくれたんだ。


「武市瑞山、さん?」

「・・・・・・」

「詩乃さんを、離してください」

「何?」

「離さないと、貴方から斬る」

「ふざけるな沖田っ!」

「別に僕はふざけてなんか・・・っ、ごほっ、っ・・・くっ・・・」


ああ、もう、こんな時に。

数日前から続く、熱っぽさとだるさと、この咳。
僕は、守らなきゃならないものが、あるのに。


――たしかに、ここに、あったのに。


「覚悟しろ、沖田」

「以蔵やめてっ!」

「馬鹿っ、離せ!」

「やだっ!」

「お前も、・・・斬るぞ」

「いいよ」

「っ・・・・・・くそっ!とんだ阿呆だな、お前は!」

「ごめん。・・・ありがとう、以蔵・・・」

「行くよ、詩乃さんっ」


それから詩乃さんは、誰かの手に引かれて行ってしまって。
その瞳から、たくさんの涙が流れているのがわかって。
何度もこちらへ、振り返りながら。
一度だけ、僕の名を呼んで。


とうとう、見えなくなってしまった。


僕は――帰るべき場所へ。
守るべき人のもとへ。

誠を選んで。
君を、この記憶からなくそうとして。




「何時振りだろう」


もう直にでもやって来そうな雨。
嬉しそうな紫陽花を見て、僕は笑う。
どこかで君も、笑っている気がして。


「もうすぐかな」


君と僕、別々の道へ進んだ二人。
あの日から、その姿を見ることはなかったけれど。
僕を、憎んだり、恨んだりしているかもしれないけれど。

僕は、後悔なんてしていないよ。――そして、たとえこのまま、この身が消えてしまっても。


元気かな。
着物、まだ着るの苦手だったりするのかな。
あそこの団子、まだ好きかな。
もしかしたら、もう、君の隣には、

――僕とは違う――

大切な人が、いたりするのかな。


どうか、健康で。
そして、幸せであってほしい。


「あ、・・・」


でも、もしも。
君と僕が出会ったように。
奇跡というものが、本当にあったのならば。



「やっと、来てくれましたね」



遠くからでいいから、儚い夢でもいいから。



「お待ちしてました」







詩乃さん。


君の笑顔に、もう一度だけ――








会いたかった。




* * *


squall1007の高坂さんのフリーSSを強奪して参りました。

切なく綺麗な文章。
読み返すたびに印象が変わる、こんなお話を綴ることのできる高ちゃん、マジ尊敬!

そしてタイトルのhydrangea、大好きです。
美しいのに、実は強くて毒がある。
私はどうも、そういうものに惹かれるようです。


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