金木犀

今私達は長州に来ている。

宵闇の中、酒席の宴から小五郎さんと帰る途中どこからか芳しい甘い香りが漂う。

はしたなくも鼻をくんくんと利かせていると、少し前を歩く小五郎さんが振り返っていた。

目が合い、互いに微笑みをかわす。

「金木犀の香り…」

甘く擽ったくなるような馨香は二人の思い出の香り。

「あれから、もう一年になるか…」

「ええ…」

初めて小五郎さんがわたしへの気持ちを伝えてくれた日。


『ずっと一緒にいて欲しい』

『愛してる…』


あの日を思い出し、わたしは自然に顔が赤くなる。
熱を持つ頬に手を添えながら俯いて、少し目だけで見上げれば、ほの明るい提灯を携えて小五郎さんが近寄っていた。

「小五郎さん…」

提灯に照らされた小五郎さんは、とても幻想的でついつい見惚れてしまう。

小五郎さんは小さく頷くと、空いた手できゅっとわたしの手を握り歩き出した。節くれだった指がわたしの指と絡みあい、二人を繋ぐそれがとても嬉しい。


『小五郎さんが好き…』


わたしの心臓がさっきからずっと、そう告げる。


誘うような花の香りを辿って二人で歩を進めれば、大きなお屋敷の土壁の向こうにある金木犀の大木に辿り着いた。

「わぁ…」

「…これは見事だね」

その時、空を覆っていた雲が晴れ、月の光りが金木犀とわたし達を照らす。

濃い橙色の小さな花は空に向かって真っ直ぐ伸びる枝にはびこり、皆を幸せにしてくれる香りを、別け隔てなく与えてくれる。


『清の国では桂の花。桂花と書くんだよ』



本当に小五郎さんみたいな花――。
月の輝く光りに照らされた、花を見上げる小五郎さんの横顔を見ていたら、ふとこちらに向き直った。

「今宵は月が綺麗だ…少し遠回りして帰ろう」

心なしか、小五郎さんの目元がほんのりと朱に染まっている。

さっきからずっと指を絡めたままの手を引いて小五郎さんが歩き出す。



わたし達が来たのは菊ヶ浜。


ザァ…ザァ…

寄せては返す、静かな波の音。隣には優しく微笑む小五郎さん。

チカチカと瞬く星に囲まれて下弦の月が夜空に明るく輝く。
真っ暗な海に月の光が反射して揺らめく。
穏やかな漆黒にミルクをこぼしたよいなギザギザとした月の光の帯。

提灯の灯りがいらないぐらいの月の輝き。


「詩乃さんはいつまでも変わらないね」

「えっ?成長がないってことですか…?」

「そうではなくて、いつまでも初々しいと思ってね」

クスリと微笑んで、ドキリとする視線を送って緩やかに告げる小五郎さんこそ、変わらず優しくわたしを包んでくれる。

幸せって、こういうことを言うんだ。
私は満たされた気持ちを噛みしめる。
ずっとずっと小五郎さんと一緒にいたい。共に歩んでいきたい。

出会えて本当に良かった。わたしは小五郎さんに出会う為に、この時代にきたんだ。
今なら、はっきりとそう断言できる。

もし、小五郎さんに出会えなかったら…?
ほんのちょっと想像しただけで、目の前が真っ暗になり、絶望という闇が足元に広がる。

そんなの絶対にイヤ!

思わず、わたしと手を繋いだ小五郎の腕に自分の体をギュッと擦りつけ、空いているもう片方の手でその袖を掴む。

『小五郎さんが好き
 どうしようもないぐらい好き』

わたしの全身に、強く強く広がるこの想い。
私の心の一番深いところまで小五郎さんで埋め尽くされている。
だって、小五郎さんがいなかったら夜も日もあけ明けない…。


「詩乃さん?」

「ずっと一緒にいて下さい。小五郎さんのお側に、ずっと…」


わたしの言葉を受けて、小五郎さんがわたしの耳に唇を寄せて甘く囁いた。

秋の涼やかな夜風の中、波打ち際でスポットライトのような輝く月の光を受けて、わたし達の影が一つとなって長く伸びる。

仄かに漂う金木犀の香り。
穏やかな時間がゆっくりと流れていく。それはとても幸福で優しい時間。
小五郎さんが囁いたわたしの耳が熱を持つのを感じながら、この幸せがいつまでも続くことを願った。



『ずっと一緒だよ。
愛してる詩乃。君だけをいつまでも…』


愛しそうに溶かすような眼差しで包まれる。細長い指先が気持ちよくわたしの髪を滑る。吐息から甘い香りが微かにしたと思うと、小五郎さんの唇が優しくわたしを塞ぐ。

わたしは幸せな気持ちで目を閉じると、そのまま優しい感触に融けていった―――










「黎明」のいちこさんより、二萬打記念フリーSSをいただいて参りました。

私も桂さん大好きなんですが、書くとなると彼はかなり難しいです。
いちこさんがお書きになる桂さんはシャープで艶気があって、且つ甘い!

このお話の桂さんも大人っぽくて甘くて、ドキドキしてしまいました。
素敵なお話、どうもありがとうございました!

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