恋人になるためのひと時(おまけ)

『恋人達のひと時』




「薩摩からの船便にお荷物が届いておりましたので、部屋へ運んであります。」

表の仕事場の更に奥にある私専用の執務室であまり公に出来ぬ文を認めていると、岡崎が襖の向こうで少し硬い声で伝えて来た。
私は気になり立ち上がって襖を開くと

「荷は誰からだ。」

「長崎のオランダ領事からです。」

一瞬頭を巡らし、オランダ関係の知り合いを思い起こす中に、髭を生やした気さくな医師が浮かんだ。

「ふっ。覚えていたか。もう、諦めていたのだが…」

忘れずに送ってくれた事に思わず笑みが零れてしまう。

「中に手紙が入っているやも知れん。お前は英語を話せたな。私の部屋へついて来い。」

私は自身でも軽く驚いているが気持ちが明るく浮き立っている。これを小娘風に言えば、心がウキウキとしている状態なのかも知れぬ。
岡崎を従えて足早に私室へ向かう。部屋へ着くと文机の上に、一尺程の大きさで少し厚みのある四角い物が油紙に包まれて置かれていた。早速包み紙を静かに開いてゆくと、箱が出て来て蓋を空けると厚い紙の台紙が出てきた。

「ふふ、随分と厳重に包んだものだ。」

台紙を手に取りながら、余程小娘に見せたかったのか。それ程の自信作ならば出来映えに期待がかかる。もしも、あまりに良い物であれば小娘にも秘して手元に置いておこう。
そんな事を企み、台紙を開くと……

…言葉を失った…――

まさか、自分が写っているとは思いもしなかった。が、それ以上に…そこには…私が普段隠している己の感情が包み隠さず写し出されていた…。

見つめる眼差しの柔らかさが、言葉以上の物を語っている。

思わず口元を手で覆ってしまう。顔が多少、火照っているのが判る。赤い顔など一人でいたのなら良かったが、岡崎を連れて来たのは失敗だったか。つい舌打ちをしてしまう。

すると岡崎が感嘆に堪えぬように呟いた。

「…これは、…見ているとこちらまで優しくなれそうな…気持ちが和やかになる。しかし、相反しますが迸しるような熱い想いが湧き上がるような気持ちもします。…写真とは素晴らしい美しい物なのですねぇ…。」

いつも冷静な岡崎が、頬を紅潮させ感激している様子に驚かされた。そのお陰で私は少し落ち着く事が出来た。この分では、私の狼狽した様には気づいていまい。ホッとしながら何気なく写真を裏返すと、何か英語らしき文字が目に入った。

「これは判るか?なんと読む?」

「これは、モーメンツ オブ ラヴァーズと発音します。」

「して意味は…?」

すると、岡崎は私を窺うように見て、一度咳ばらいをしてから口を開いた。

「…恋仲二人のひと時…とでも言いましょうか…。」

「あははは…、恋仲か…ふふふ、ボードインめ。まぁ、奴には借りがあるからこの位の悪戯は仕方ない。」

これを使って小娘を口説いてみるか…。ふと思いついて、また一人笑ってしまう。これでは、また借りを増やすような物だな……。

「岡崎。この事は…」

「他言無用。承知しております。」

岡崎が珍しく楽しそうな砕けた調子で答えて来た。ふむ。これもなかなか悪くない。

「岡崎、小娘が来る前にこの英文の発音を正しく教えろ。」

この写真の眼差しを受けていて尚、私の気持ちに気づかぬ詩乃。 その鈍感さには感心すらするほどだ。詩乃はこの英文を難なく理解するだろう。
その時、私の想いも理解するだろうか…。

その時の詩乃の顔を思い浮かべてニヤリと笑った後、真剣な顔に切り替え美しい発音を目指し岡崎の後に続いて英文を読み上げ始めた。

『Moments of lovers』




end



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