恋人になるためのひと時・8


「ん―…、美味しい!」

「うむ。これは上手い!小さい壷で良いのだが、このしば漬け分けて貰えるか?」

「へい、おおきにありがとうさんです。」

私達は今、大原からの帰り道で途中にあった漬け物屋さんに寄り道中だ。
あれから朝を迎え、目覚めたら目の前に寝間着の開けた大久保さんと、抱き合うようになってたから大騒ぎしたら叱られてしまった。

ボードインさん、伊東さん、荒井親子に護衛の藩士さん達とは大原で別れた。
皆さんは、これから一旦琵琶湖へ出てから川を使って大阪まで行くんだそうだ。夕べの事を、ボードインさんと伊東さんにきちんと謝った。庄屋さんのせいとは言え、私の不注意からせっかくの旅行を台なしにする所だったんだもんね。なのに、ボードインさんと伊東さんは

「Don't worry about it.」(気にしないで下さい)
「却って、思い出深い旅になりましたよ。」

と明るく笑ってくれて、私を気遣ってくれた。
反対に、朝大久保さんと同じ部屋から出た所を見られたお靜さんには、最後まで無視されてしまった。別れ際には恐い顔で睨まれて、少しへこんでしまった。
でもそれも、大久保さんが優しい笑顔で

「気にするな。さぁ、行くぞ。」

と、手を差し出してくれたからまた嬉しさで心が一杯になれた。そんなふんわりした気持ちをお土産に歩いていると

「小娘。」

「はい?」

大久保さんがぽつっと、少し潜めた声で呼び掛けて来た。

「…もう少し、腰回りの肉を付けねば良い子は産めんぞ。…まぁ、胸元の発育は良いようだが…。」

「……なっ!!!」

突然のセクハラ発言に口をパクパクとして慌ててると、くすくすと笑っているのが分かった。

「もう!それは立派なセクハラですよ!」

ムッとして睨むといつものニヤリ笑いと、こちらの心臓が跳ね上がる位の流し目を投げて来るから、それ以上抗議する事が出来なかった。

「…おいは、もっと距離ば空けた方が良さ気なこっな?」

半次郎さんが遠慮がちな様子で私に問い掛けて来るから、今の会話が聞かれたんだと判る。もう恥ずかしさが増して紅い顔が更に熱くなる。

「ははは、こんな山奥に来ずとも詩乃をからかえば、秋と言わず一年中いつでも紅葉狩りが愉しめるようだな。」

声を上げて愉快そうに笑う大久保さんを拗ねたように口を尖らせて見上げながら……一年中いつも近くにいても良いんだって受け取っちゃうよ?…と都合の良い事を考えてその考えに更に顔が熱くなったけど、でもほんのちょっとは希望持っても良いのかなぁ。

聞きたいけど、聞けない大久保さんの想い。繋いだ手を少し強く握って貴方を仰げば、ほんのり紅い頬は紅葉の色が反射してるせい?それとも……――


後日、ボードインさんから大久保さん宛てに写真が送られて来た。藩邸に呼ばれて見せてくれた。

私と大久保さんがお寺の縁側で、話している時の物だった。いつの間に写したんだろう。見つめ合って、微笑み合っているモノクロの中の二人。穏やかな優しい場面が切り取られていた。

大久保さんは写真の裏を返すと書かれている文字を見ながら、

『 Moments of lovers 』

綺麗な発音で読み上げる。目を見開いて驚く私に

「意味は判るのだろう?私はなかなか気に入っている。このような写真も、悪くない。」

そして…優しく優しく微笑んでくれた……―。



end




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