恋人になるためのひと時・6

「詩乃は連れて行く。ボードイン殿に騒がせて済まなかったと伝えてくれ。今日はもう遅い故、非礼への詫びは明日改めてさせて頂きたい。あと、庄屋には何も言うつもりは無い。この部屋に詩乃は来てはおらんと言う事だ。この件については他言無用で頼む。」

伊東さんは、うんうんと頷きながら

「判りました。先生と詩乃さん、お二人の名誉にかけて、この部屋では何も問題は起きておりません。詩乃さんの姿も見ておりません。先生には私が説明しておきます。お任せ下さい。」

伊東さんがボードインさんに話しかける姿をぽーっと見ていると、大久保さんの手が私の身体をふわりと持ち上げ、私の荷物と共にお姫様抱っこして部屋を出ようとする。

「ちょっ…大久保さん!」

「黙っていろ。こんなに強張っては歩けんだろう。早くここを立ち去る事が先だ。」

「……はい。」

いつもなら、大騒ぎするような状態だけど言われた通り足は強張っていて、上手く歩ける自信は無かった。…それに、…今は腕の中に守られる安心感に浸っていたかった。そのまま、大久保さんに宛がわれた部屋へ向かった。

「……あの…」

「何だ?」

「…えっと…部屋には誰かいらっしゃるのではと…。」

顔を下から窺うと、ジロリと私を見下ろし

「……何を見た?」

やれやれと言った顔で溜め息をつくと

「…あの娘はすぐに帰した。私の伽は誰でも良い訳では無い。」

そう言ってニヤリと意味ありげに笑った。
大久保さんの部屋に辿り着くと、部屋の真ん中に敷かれた布団の上にそっと降ろすと、大久保さんも布団の上に座り込み

「今宵の件はお前のせいでは無いが、よくよく何かしらの騒動が起こる奴だな。話を聞けば、急に布団に潜り込むなどと…普通に入れば人が寝ている事位分かるだろう。」

「……それは…だって…大久保さんが…」

「ん?私が何だ。」

「…いえ…。何でもありません。あ、助けてい…」「まぁ、良い。明日も早い。もう寝るぞ。」

…お礼を言おうとしたら、遮られちゃった。ちゃんと、言いたいのにな…。

「……はい。………って…私は何処で?!」

「何を慌てている?この布団で寝るしか無いだろう。」

大久保さんは当然だろうと言いたそうな顔で平然と言い切る。

「えっ?そんな、大久保さんの布団盗る訳にいきませんよ!そんな、悪いです!」

と恐縮して遠慮していると、大久保さんは黙々と布団を捲って自身の身体を横たえると、そのまま掛け布団を迎え入れてくれるように持ち上げて

「早く来い!寒いではないか。」

と怒るので、危うく素直に布団に入りそうになった。はっと気づいて慌てて枕元に座り直すと、

「大久保さん?一緒に寝るなんてさっきのボードインさんの時と同じじゃないですか!ご遠慮します。私は部屋の隅ででも寝ますから。」

「ごちゃごちゃ煩い奴だな。ふん、同じでは無い…。明日も歩かねばならんのだぞ。しっかり寝ろ。」

………っ!!!

そう言うと、私の腕を掴みグイッと引っ張った。私は引かれる勢いそのまんまに大久保さんの胸元にすっぽり収まってしまった。





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