恋人になるためのひと時・5
私…今、何見たんだろう…。前にお父さんが見てたTVの時代劇の悪代官みたいな?あの大久保さんが?!まさか…。私は一人苦笑いをしながら首を軽く左右に振って浮かんだ疑問を否定しようとした。なのに…目の前がぼやけて滲んで来る。
嘘だ!嫌だ!違うもん!違うもん!とにかく、その場から逃げたくて心の中で否定の言葉を並べながら、急いで自分の部屋に入ると敷いてある布団に勢い良く潜り込んだ。
ゴンッ!!!っ痛っ!!
布団入った途端に、おでこに強い衝撃を喰らい、生暖かい物に触れた。
「痛ぁい!もう!何なの?!正に泣きっ面に蜂じゃないのよぉ!」
と情けなさと八つ当たりで怒鳴りながら布団から身を起こすと……障子からの月明かりに目を真ん丸にしたボードインさんの驚いた顔が現れた…。
「えっ?!…嘘…何で…………いやぁーっ!!!」
「No! No!シノ! Wait!Wait!」(違う!違う!待って!待って!)
少しパニックになった私はいやいやを繰り返すばかりで布団の上から動けないでいた。ボードインさんが両手を広げて近づいて来るから、私はますます身を縮こまらせて泣きながら
「大久保さん…助けて…」
叫びにもならない、か細い掠れた声を零した。
その瞬間―――、
「詩乃!!」
スパンっと襖が開いて、廊下から現れたのは寝間着姿に刀を手にした大久保さんだった。部屋に入るなり私の側に駆け寄り、跪ずくと身体をぎゅっと掻き抱き、ボードインさんをキッと睨み据えて
「何をしている…小娘への手出し、許さぬぞ。」
とても低い声で言い放った。私は声を出す余裕も無く、ぎゅうぎゅうと大久保さんにしがみつくのが精一杯だった。
そうする内に、襖を開けて隣の部屋から慌てて伊東さんが入って来た。驚いた顔をして唖然としている。すぐにボードインさんが泣きそうな顔で早口にオランダ語をまくし立て始めた。伊東さんは話しを聞いていると突然噴き出したと思ったら、いきなり声を上げて笑い始めてしまった。ひとしきり笑い終わると、目尻の涙を拭いながら
「いやぁ、失礼しました。詩乃さん、随分な目に合われましたね。大久保様も抜刀しないで下さい。どうか、ボードイン先生を誤解しないであげて下さい。先生は悪気なんて全く無かったんですから。私が察するにどうも、庄屋の早合点が原因かと。」
伊東さんの話しを聞いて、大久保さんが大きく息を吐いて、きつく抱いていた腕を緩めて、私の肩にうなだれ掛かる形になった。
「早い話、庄屋が詩乃さんをボードイン先生のお相手する女性つまり、らしゃめんと勘違いしたんですよ。だから詩乃さんを先生の部屋へ案内したのでしょう。ボードイン先生は眠っていたら突然脛に何かが当たり、気づいたら詩乃さんが布団の中に潜り込んでいて驚いたとおっしゃってます。」
私は話を聞いて、何にも言えなかった…。そんな風に間違われてたんだ…らしゃめん…。お靜さんに言われたのはそういう事だったんだ。…そんな憶測だけで同じ部屋にしちゃうなんて、この時代の人って乱暴だなぁ……。ああ…大騒ぎしてボードインさん、気悪くしてないかな。安心したせいか気が抜けて取り留めなく、色んな思いがポコポコ湧いてきて頭の中が落ち着かない。
と、いきなり頬をペチペチと叩く手に、ハッと目の焦点を合わせると大久保さんが穏やかな力強い目で見つめながら
「大丈夫か?」
静かに聞いてくるから私も無言で頷いた。やだ…私、急に安心して意識飛ばしてたのかな…
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