恋人になるためのひと時・3

でも、…通詞の伊東さんと半次郎さんから教えてもらったのだけど…今の京都は御所があるために攘夷の考えが強く拡がっていて、外国人が歩くには危険な所なんだそうだ。だから、大久保さんは幕府を通してボードインさんの依頼が来てから、色々考えて洛中からも人里からも遠く離れた大原に案内しようと決めたと。ここなら危険度も低く京の奥座敷のような、歴史のあるお寺が建ち並ぶ風景に満足してくれるだろうと考えたらしい。

今、嬉しそうに顔を綻ばせて撮影しているボードインさんの姿に大久保さんの心遣いが届いたみたいで、私まで嬉しくなっちゃう。
ボードインさんは今度は藩士さん達を撮りたいと言って、少し離れた山門の方へ伊東さんと半次郎さんも引っ張って行ってしまった。私は急に静かになったお寺の庭を眺め、暫しの休憩と縁側に腰掛けた。

「流石の小娘も、オランダ男の相手は疲れたか。」

お寺のお座敷の中から縁側へ、大久保さんがやって来た。藩邸を出てから初めてのまともな会話だ。

「…大久保さん…綺麗な紅葉を見たら疲れはどこかへ飛んじゃいました。」

「そうか、歩いている間は妙に大人しかったから、疲れ果てているのかと思ったが?」

「違います!また転んだら迷惑をかけるから気をつけてたんです!」

「ははは、確かに何も無い所で転ぶのが得意だからな、坂道ならば何処までも転がってしまいそうだ。」

「もう!…でも私、こんな圧倒的な紅葉は初めてで、ホントにキョロキョロしちゃいました!…感動しました。連れて来てくれて、ありがとうございます。
ボードインさんもとっても嬉しそうで良かったですね!…でも一杯撮った写真…色が写らないのが残念です…そう言えば、大久保さんは撮らないんですか?写真。」

「奴に撮ってもらっても、私の手元にいつ届くのか、そもそもくれる気があるのかどうかも分からんからな。」

「…そっかぁ…趣味だって言ってましたもんね。そうなんですか…。」

私は少し残念に思った。だって今日の大久保さんの姿、いつもとはまた雰囲気が違っていて凛々しくて恰好良いのに…。

手の甲を覆う黒い小手。裾が黒いラインに縁取られた濃い深緑色の袴に、背中の裾にスリットが入ってる袴より少し明るい緑の羽織り。いつも差している腰の大小も紅い長拵えの柄には黒い袋みたいなカバーがされている。襷みたいに背中にしょった手荷物を胸元で縛っていて、空いた手には笠を持っていて……見慣れない衣装が新鮮で、凛々しくて、つい見とれてしまう。

「小娘、私に見惚れるのは無理からぬ事だが、……あまり物欲しげに見るな…お前は顔に出やす過ぎる。」

「…っ!…み、見惚れてなんていません!物欲しげって、なんですか!……そんな事ちっとも考えてません!」

「…くっくっ…そうだったか?…ならば良いが…。ほう…今日見た中で、この紅葉が一番色付いて鮮やかだな。」

そう言って、私の頬を軽く摘んで目を細める。私はますます顔が熱くなるのを感じるけれど、大久保さんの楽しげな悪戯な目から視線を反らせずにいた。

「…小娘…あまり…」

大久保さんが何か言いかけた時、

「…大久保様?…こちらにいらしたのですか?庄屋が大久保様へご挨拶したいと…」

お靜さんが大久保さんを呼びに来た。すると、すっと真面目な顔に戻り「うむ。」と返事をして立ち上がり行ってしまった。お靜さんは大久保さんの背中を見送っていたけれど、不意に私に振り向き

「らしゃめんさんは、日本人もお相手なさるのですか?でも、大久保様には近寄らないで下さい。」

そう言うと、私の返事も聞かずに戻って行った。

…らしゃ…めんさん…?…―って何??





[ 11/31 ]

[*prev] [next#]
[章のはじめ]




TOPへ戻る



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -