恋人になるためのひと時・2

反対にすっごく喜んで話してくれるのが、ボードインさんだった。医師であるボードインさんはドイツ語と英語は判るみたい。私は英語はそこそこ得意だったから、お互いに片言ながら英語を使えば会話は成立するのだ。大久保さん以外の、半次郎さんを始め同行の人皆に驚かれてしまったけれど……。

その為、道行の並びは自然とボードインさんの隣は私となった。大久保さんはと言うと、私の前方でさっきからお靜さんが控え目ながらもピッタリくっついて離れない。大久保さんもまんざらでもない様で、私には見せない優しい笑顔で、手なんて掴ませてあげて、厭味とか意地悪とかをまるっと隠した猫被りスマイルで接している。

「詩乃さぁ…前ばかり気になさっていたら、また転んでしまいもす。今はしっかい歩いてもんせ。」

半次郎さんがぽそっと側で注意を促してくれた。気付かないうちに、目が前方ばかりに向いてしまっていたらしい。

「…そ、そうですね。景色…が綺麗でつい目があちこちに行っちゃって…ごめんなさい。…気をつけます。」

「あっ、そげんなつもりで言うた訳じゃありもはん。気落ちばせんで欲しくて…。詩乃さぁは楽しげなんが一番じゃっで。」

「半次郎さん…。ありがとう…。気落ちなんてしてませんから!大丈夫ですよ!」

そうして暫くしっかり歩く事に専念した。時折、前からお靜さんの甘えるような小さく笑う声は聞こえ続けていたけれど…。
ようやく一行は目的の秋の紅葉の錦を広げる大原の風景に差し掛かった。

「Oh…Great…Toll…」(素晴らしい…)

横でボードインさんが英語と独語の両方で感嘆の声を上げる。私も今まで見たことも無かった、本当の紅葉の景色に圧倒されていた。
紅い色が密集している枝は燃えるようなと言う表現がまだ弱いくらい。所々にある常緑樹の緑が、コントラストを強くして赤さがより際立つ。そして、共に経っているお寺の門、お堂、池の静寂さが情熱的な赤を厳かな朱へ変えていく。

目的のお寺に着くと、ボードインさんは趣味の写真を撮り始めた。私をモデルにして何枚か撮ってくれたけど、昔の写真ってモノクロで撮るのに凄く時間がかかるイメージだったけど、一分くらいしたら撮れているみたいでビックリした。

ボードインさんは教頭をしている医学学校の用事で幕府の許可を貰い、長崎の出島から江戸まで来ていた。本当なら出島から出て日本を旅など出来ないので、今回の帰路に是非、京都の秋を撮りたいと願っていたんだそうだ。出島では自分専用の写真スタジオを構えていて、オランダ領事をしている弟さんと二人で写真に嵌まっているんだと照れながら笑った顔は、三十代後半とは思えない位キラキラと目を輝かせていた。




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