初戀の萌し・8

夕餉の時に、大久保さんから貰った封書の話を皆に話して、食後に龍馬さんの部屋に集まっていた。

「では、詩乃さん良いね?開けるよ。」

武市さんに代表して開封して貰う事になり、私はこくんと頷いて見守っていた。カサカサッと音を立てて開くと、何列かの箇条書になっている手紙?の様な物だった。読んでいた武市さんが呟いた。

「…これは…蔦森家を…創ったのか……?」

えっ?!蔦森って……
私の家……?

「詩乃さん…これは寺請証文(てらうけしょうもん)と言って、寺の檀家と認められればこの証文を出して貰えるんだ。いいかい?そして、この証文には蔦森家の詩乃という娘が東京から薩摩へ移動し、その後に京へ来た事になっているんだ。」

……東京から?…蔦森…?頭がちっとも話について行けない。東京から薩摩って……?

「姉さん、もしかして檀家の意味解らないッスか?」

「ううん、檀家は判るよ。自分の家の先祖が入っているお寺だよね。解らないのはその先。お寺がどうして私の経歴を証文?で書いてるのかなって……。」

「う〜ん、未来では寺請も檀家も今とは意味が違うてしもうて、無くなってしもうてるようじゃの。」

「詩乃さんのいた所で、何処の生まれの、誰で、歳や性別、今の住みかを示す物はあったかい?」

「はい。戸籍や住民票……あっ、これはそれと同じ意味を持つ物ですか?」

「判って貰えたようだね。その通りだ。大久保さんも大胆な事をする。」

「……では、先生。これがあるという事は、こいつは今の俺達よりもしっかりした身許の人間になったという事ですか?」

「まあ、そうじゃろうなぁ。にしし、大久保さんも豪胆じゃあ。」

「証文が出るって事はもう薩摩の寺との照会が済んでるって事ッスよね。って事は、京の寺と薩摩の寺の二つの寺に手を回したって事ッスか。」

「はん、金がいくらあっても足らんな。」

私は以蔵の呟きに引っ掛かった。

「ね、お金ってどういう事?」

「「「以蔵(くん)!」」」

「……す、すみません。先生。」

以蔵は龍馬さんと慎ちゃんに拉致されて隣の部屋へと行ってしまった。
静かになった部屋で武市さんが穏やかに話しを続けてくれる。

「詩乃さん…いいかい?この証文は君のご実家の事がぼんやりと書かれているんだ。…東京と言うあやふやな場所の記載があって、蔦森家の娘として生まれた詩乃という娘が故あって、薩摩の大久保家へ預けられているんだ。この『故』は割と使われてね、例えば貧しくて奉公に出されたとか、身分を上げる為に養子縁組をした場合等、詳しく知らせたく無い時に使うんだ。だからこれを見た人は、詩乃さんはご両親から理由あって大久保さんに預けられて薩摩へ行き、大久保さんが京にいる今は同じ様に京へ来たと伝わるね。」

「…大久保さんが…こんなに大事な物を…私に…?」

「さっき、以蔵がつい零してしまったが確かに大金は必要かも知れない、だが金だけじゃなくかなり昵懇の寺に頭を下げねば無理だろうな。まあ、どちらにしても真似の出来ない離れ業だ。詩乃さんの経歴を創るのならば薩摩産まれという事にして京へ出て来たという方が楽に出来ただろう。しかし…この証文の中には、蔦森夫妻も東京の地名も我々と同じ時の流れの中の物として記されているんだよ……。そういう所にこだわるのは確かに大久保さんらしい。ふふふ…」

……さらりと詫びだ、礼だと言っていた大久保さんの顔が浮かぶ…あの微笑んだ優しい眼差しも……。

「ただ……これでは詩乃さんの公的な後見人は大久保さんという事になる。……そこは気に入らない所だね。……詩乃さんとの間に進展があっても、大久保さんに許可を貰わねばならないとは……」

武市さんが何か難しそうな顔でブツブツと一人で考え込んでしまったから、
私は窓から見える月を眺め明日、大久保さんにお礼を言いに出掛けて行こうと思っていた。
きっと、また厭味を言われるけど明日はそれだけじゃない物を感じ取れそうな気がする。
そう思うと何故か気持ちが弾んでソワソワとする。
明日は晴れるかな?晴れて欲しいな。どうか、お天気になりますように……明るい月に向かって心の中でお願いしていた……―。



end




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