novel

*椿が人間ではありません、ファンダジーは大丈夫ですか?



見渡す限り白い、白い、雪の上。
音も無く
人も無く、
あるのは艶々と照り輝く緑の葉と赤く色づく鮮やかな花を付けた木々のみ。
おもわずこぼれた息の水蒸気が白く色づき湯気のように昇る。

「・・・どこだ、ここ。」

声に返事は無い。
誰もいないのだ、達海だって答えは期待はしていなかったが
分かっていても呟いてしまうくらい、困り果てていた。

空いた休みを利用して達海は友人の後藤と共に旅行に来ていた。
凝り固まった体をほぐそうと宿の温泉でくつろいでいると
先に湯に入っていた爺さんと話がはずんだ。
爺さんがいうには外湯が名湯らしく、えらく力を入れて絶賛しており。
ならばついでだ、そこにも行ってみようと地図を開いて歩いている内に
道に迷った挙句、後藤ともはぐれた。
なんとも情けない話だ。

「あの、」

突然かけられた声に驚いて、振り向く。
そこには一人の青年が立っていた。
達海は言葉を失った。
それは、とても美しい青年だった。

雪のような肌、艶々と輝く黒い髪。
深い深い暗緑色の着物の上に同じ色の羽織を身につけ
鮮やかな黄色の帯が腰の位置で締められている。
自分も羽織を着た浴衣姿であるが、
目の前の青年の着物はそんな軽い物には見えず
何年も何年も着続けてきたしっくりした雰囲気を持っている。
何より髪の色と同じ色した目の周りには紅く隈取りされ
それがいっそう浮世離れした存在に青年を見せた。


どこだ、ここは。
そんな言葉が口に出た。
自分の知る土地では無い気がする。
初めて旅行に訪れたからとかそんな理由で無く
まるでおとぎ話の中に迷い込んだような不思議な場所に思えた。

すると目の前の青年は困ったように眉をしかめ
えーと、だとか、あー、だとか、うーんだとか
唸るばかりで答えを出さない。
どう説明しようか困っているようだ。
というより

「お前、もしかして迷子?」
「じゃないです!」

はっきりとした言葉が帰って来た。

「でも知らなそうだな、ここがどこか」

そういうと青年は驚き、慌てふためいた。
先ほどから青年は説明に困っているようにも見えたが
酷く慌て、周りをきょろきょろするばかりで地名を全く出さなかった。
その姿が説明する以前に答えを知らないのではないかという予感を持たせる。

それにしても・・・。
達海は目の前の青年をじっと見た。
青年は視線を感じて肩が跳ねる。

喋らなければ別世界の生き物のように見えたのに今やその迫力は形無しである。
そのかわり、親しみやすい雰囲気が漂っており、こちらの方が好きだと思った。

「俺は、ここはどこかは知っています。」

おや、青年が喋りだした。
探るのは一休みして青年の言葉を待つ。

「でも、ここ以外の場所は知らないのです・・・ごめんなさい。
俺が言えるのは、貴方は外から来た。それだけです。」

「外?」
「はい、ここじゃない外です。」

外、という道案内には使わない答えが返ってきた事も気になったが
それ以上に気になった事がある。

「おまえ、ここに住んでるのか?」

青年はここ以外は知らないといったが、
ここは辺り一面雪と木々ばかりで何も無いような所だ。
人が住んでるようには思えなかった、しかし青年はこくりとうなずく。


冷静に考えれば非現実的すぎる状況なのに
なぜかこの時はそれが当たり前の日常のように感じる。
おかしい事をおかしいと思う事がおかしいと思えた。
なんだか頭がふらふらしてきた気がするがそれもどうでも良いと思う。
それより目の前の青年が何かを期待するような落ち着かない様子なのが気になった。

「あの、貴方は」
「ん?」
「いや!え・・・と、その、あ。貴方の名前教えてもらえませんか?」
「俺は達海猛」
「たつみたけし、たつみたけし、たつみたけし、覚えました!」
「あ、そう。」
「で、達海猛さんはどんな所に住んでるんですか?」
「え?あー、浅草。」
「浅草?草が沢山生えてる所なんですか?」

冗談のようだが、青年の目は真剣だ。
どうやらここしか知らないというのは本当らしい。

「はは、違うよ。東京、でもわかんないだろうな。人がたくさんいて賑やかな所だよ」
「人がたくさん、えっと他には何がありますか?」
「浅草寺とか寺がたくさんあって、おっきな提灯がある雷門とかが有名だな。」
「てら?いえとは違うのですか?」
「違う違う、見た目が違うし寺は坊さんとかが住んでて・・・」
「坊さんが住んでる違う形の家がてらですか?」
「うー、あー、難しいな口で言うと、見れば一発なんだけど。」

「見れば、ですか・・・。」

そういうと青年はひどく落ち込んだ。
目を伏せ、うつむくように地に積もる雪を見る。
その様子があまりにも悲しそうで
空気を変えようと気になった事を声にした。

「お前の名前は?」
「あ、俺は・・・・・・・・、つばき。」

少し迷って、青年は一面に咲き誇る花の名前を口にした。

「椿は外には行かないのか?」
椿は左右に首を振る。
「俺は、行けない。ここから、動けないんです。」
その言葉が真実だと悲しげに揺れる瞳が語る。
外に行きたいか?
そう口に出そうとして、思いとどまる。

行きたくない筈が無い。
興味があるからこそ、目を輝かせ外の話をせがむのだ。

叶わない願いを夢見せるなんて残酷すぎやしないだろうか。


「つ・・・・。」
目の前の青年の名を呼ぼうとすると突然ふらりめまいがした。
ひどく寒い。
考えてみれば浴衣に羽織を着ただけで雪の中にたたずんでいたのだ。
何故か今まで寒さが気にならなかったのだが、こうなるのが当たり前だろう。
手足がしびれ、感覚が曖昧になる。
目がかすんだ。

「た、達海猛さん!!!」

椿の白い顔が更に白くなる、険しい顔つきでこちらに駆けよって
肩で背負うようにして達海の体を支え、外へと歩みを促す。
冷えた体で触れても、椿の体はもっと冷たかった。

「馬鹿野郎、お前の方がもっと冷えてんじゃねえか・・・
こんな所に・・・・ずっといるからだ。」

「俺は、いえ、それより早く外へ!手伝います!!」

一歩、また一歩、ふらつく足元を励まし、歩みを進める。

「ごめんなさい、俺のせいです・・!
久しぶりに人に会えたのが嬉しくて、危険だと知りながら、
居てほしいと、願ってしまいました・・・・。」

「・・・・・・。」

「まだ、間に合います、今ならまだ外に帰れます!
頑張って達海猛さん!!」

「その、フルネームで呼ぶの、やめてくれな・・・い?」
「え?」
「達海か、猛かどちらかで呼んでほしいんだけど?オススメは猛かタッツミー・・・」
「え、そうなんで、てか新しい名前が・・・・て、え、今そんな場合じゃ・・・!!」

「つば・・・き」

「起きて、猛さん!!!」

そうこうしているうちに何処までも茂っていた椿の林が終わりを迎える。
後は一面の雪だけとなった。
最後の椿の木の根元で足を止めた。

「お別れです」

おぼつかない足二本で達海はなんとか体を支え、振り返った。

「俺は、これ以上進めません。申し訳ありませんが後はご自身の足で進まなければ・・・」

ああ、外は直ぐそこだ。
直感でそれが分かる。
外の近くに居るからだろうか、少しずつ体が温まり動きやすくなる。

「楽しいお話をありがとうございました、猛さん。」

深々と椿が頭を下げた。
無理だと分かっていたのに、残酷だと分かっているのに言わずにいれなかった。

「行こう、椿」
達海は椿に向かって手を差し出す。

椿は一瞬目を大きく見開き、嬉しそうに細めて、目を閉じた。
思わず伸ばしそうになった右手を左手で押さえる。

「ありがとうございます、優しい人。」

強く、強く、風が吹く。
その風に押し出されるように体が進む。
あまりの風の勢いに達海は目を閉じた。






白い白い雪の中、見え隠れする土の色、ちいさな草。
あちこちに立てられた看板は、分かりやすく観光地の案内が記されている。

「いたいた達海、どこ行ってたんだ!?」
「・・・・後藤。」
「人に話し聞いてる内に居なくなってたからびっくりしたぞ。」
「悪い。」
「・・どうした、やけに素直だな。まあ無事でよかったよ、神隠しにでもあったかと思った。」

ぼんやりしていた達海が反応を示す。

「神隠し?」
「地元の人がいっていたんだけどな、なんでもこの辺りで突然人が居なくなる都市伝説があって、
たいてい直ぐに帰って来るけど、中には帰らなかった人も居たらしい。」
「ふうん。」

達海は辺り一面を見渡す。
様々な種類の木が生え、花が咲き、家が立ち、看板が立つ何処にでもある場所だった。

「あれ、達海お前、何持ってんだ?」
「ん?」

いつの間にか達海の手は柔らかな何かを握っていた。
手を広げると紅く色づく見事な花。

「椿の木なんてこの辺りあったか?」
後藤は不思議そうに首をかしげた。
達海は驚いた後、そっとその花を包むように優しく握る。


「まずは浅草寺、かな。寺と家の違い見せてやらねえと。」

「何か言ったか?達海。」

土を踏みしめ、空を見て、達海は思う。
外はあまりにも広い。
さあ、何から見せてやろうか。

「ちょっと世間知らずに浅草案内しようと思ってね、後藤はどこが良いと思う?」



椿


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