novel

開けた窓から颯爽と降りて来た鷹がエガケをはめた腕へと帰る。
かなりの力と重さのはずだが眉ひとつ動かさず受け止めた赤崎さんに小さな感動を覚える。
鷹は手渡された餌を瞬く間に食べ終わると、ピクリとも動かず赤崎さんの拳に留まる。


「さすがっすね。」
「お前もこれくらいはできんだろ、椿。教えたはずだ」
「できますけど、ザキさんがやるとなんか絵になります。」
「俺の名前はアカサキだ、御殿様に毒されんなよ。」

急に声に棘が混ざる、どうもそう呼ばれるのは好きでないらしい。

赤崎さんは俺の先輩に当たると同時に兄のような人である。
昔から面倒を見てもらい、たくさんの事をこの人から学んだ。
足が速いだけの俺とは違い、優れた身体能力とずば抜けた精神力を持っている。
また動物とも相性が良く、特に鳥を使っての連絡をよく任されている。

「また任務を任されたらしいな、いつ出るんだ?」
「そろそろ出ようかと」
「危険は無いと思うが・・・」

赤崎さんの眉間に皺が寄る、感情が見えないといわれる赤崎さんだが声に出さぬだけで
中身は感情的で人情に厚い、そして少し心配性だ。
そんなに俺は危なっかしいのかと少し情けない思いをするが
その暖かな思いやりが嬉しくもくすぐったい。

「はい、気を引き締めてかかります。」
「ああ・・。」
「行ってきます、赤崎さん」
「必ず無事に帰ってこい。」

そう言うと、赤崎さんは俺に背を向け窓から鷹を飛ばした。

「・・・はい。」


どこにでもいそうな旅人の着物をまとい、手渡す書状がしっかり胸の中に入ってる事を確認する。
目指すは江戸、平泉様にこれを渡す事。ただし本人以外誰にも気づかれぬように。
今回は楽な任のようだ、でも任務前はいつだって緊張する。
荷を背負い、息を長く吐いて不安を消し去ると草履に足を突っ込んだ。
さあ、行こう。





がさりがさりと葉が擦れ揺れる。
緑に囲まれた山の中、透き通るような空気を吸い、土を踏みしめ、濃い緑の匂いを感じる。
賑やかな町の雰囲気も好きだが、どうも俺はこちらの方があってる気がする。
どこまでも続く葉と枝の遠い先、何かがガサガサ動くのが見えた。
山の獣か?
音からするとかなり遠い、人の気配は無いので特に気にする必要も無・・ん?

音が急速に近づいてくる、これは・・羽音?
まさか赤崎さんの鳥だろうか?
さっとエガケを腕にはめて気配が近づくのを待った。

あれ、なんか大きい!?

今更持ち上げた拳を下ろす訳にもいかず、想像していたより一回り大きく
立派な風格を持った鷹を受け止めた。
野生の鷹では無い、爪や嘴に削った痕がある。
どこかで飼われている鷹だ。

「誰だい、おまえさんは。」

そう鷹に言われている気がする、鋭い大きな目がぎゅぎゅうとこちらを睨みつけられた。
こちらからしたらお互い様だ、お前自分から降りてきたじゃないか。
そう思うと羽をふわりと広げられた、威嚇ですか、こら、止めて、ごめんなさい!

思わず声に出せば、羽は静まり堂々とした達振る舞いで拳に居座る。
この鷹の威圧感はなんなんだ、鷹じゃなくて鷲でした。とか言われても凄く信じれる!

酷い動悸を何とか落ち着けるため、長く息を吐いた。
赤崎さんの言葉を思い出せ、俺。
あの時赤崎さんは何を教えてくれた?

『椿、掌据えで大切なのは、鷹をどうやって掌で留まらせるか、だ。』思い出した声の通り、体を動かす。
親指の外側が上になるように、そして、鷹は親指の第1間接以降に留まらせる。
指の腹や足の平の中央がエガケにきちんと接触している状態にして掌を揺らさず安定させる、が重いし、痛い。
せめて足革があればもうちょっとマシだが、無い物を強請ってもしょうがない。

『一番気をつけないといけない事は、こうすることで鷹の状態を掌で感じる事が出来るが』
(逆に鷹からも俺の心理状態を掌から把握される。)

ふと、鷹と目があった。
といっても特別に何かを意識した訳じゃ無く
ただ鷹の黒々とした透き通った目に魅入っていた。

「凛々しくてかっこいいなあ、お前。王様みたいだ。」
ぽつりとつぶやいた、鷹はそうだろう?といわんばかりに
胸を張り、ゆったりとくつろいでいる。

「開けた場所に行ってみようか、きっとお前の主も見つかるんじゃないかな。」
歩きだしても鷹は落ち着いたまま掌に留まる、意外と人懐っこい性格かもしれない。




「はぁー、どこ行ったんだか。あいつ。」
ざあざあと澄みきった風が吹き抜け、青空を仰いだ。
晴れ渡った空とは対照的に、男の心は荒みきっている。

男にとってここ最近の出来事は腹立たしい事ばかりだった。
国の内情を餌に他国と取引した馬鹿の所為で仕事が増えた。
馴染みの鷹匠が年の為暇を取れば、その息子はとんだぼんくらだった。
さっさと辞めさせたいが、代わりの者が見つかるまではどうしようもない。

おかげで、自慢の鷹も最近すこぶる機嫌が悪い。
今も野鳥を追いかけ木の密集した中に入り込んでしまった。

主人の存在忘れてやがる。
普通の鷹みたいに持ってきたウズラや鳩で満足しない所があいつらしいが。

探すか、待つか。
・・・・・・・・・・めんどい、寝てしまおうか。
飽きたら戻って来るだろう、なんたって頭の良い奴だから。
短い雑草が生い茂った草原に寝転がる、睡魔が意識を引きずり込む前に
人の声が意識を引っ張りあげた。

「・・・せん、すみません。」
「んあ?」

陣笠を被り、薄汚れた着物の上から、羽織と荷物を背負った若い男。
いかにも物見遊山中の旅人のようだがその掌には待ち人ならぬ、待ち鳥が居座っていた。

男はがばりと起きあがると舐めるように旅人を上から下までまじまじと眺める。
これには旅人が驚き、萎縮してしまった。

「へ、あの・・?」
「凄いねお前、そいつ俺と昔の鷹匠しか懐けられなかったのに」

ぎらりと男が笑った、旅人はまた一度ビクリと体を震わす。
この人、この鷹の主に違いない。笑っただけでこんなに威圧感を感じる。
似た者同士だ、凄く怖い・・!
旅人は思った。

「名は?」
「あ、はい。椿と申します・・!」
すぐさま迫力に負けて本名を名乗った事を椿は後悔した、
己の弱さと迂闊さに消えたくなる。
陣傘の端を持って顔を伏せる、少しでも己を隠したかった。
すると顎を鷲掴かまれ強引に上を向かされる。
驚いた拍子に鷹が羽ばたき、空に舞った。

「ははっ、思った以上に若いな。」

楽しげに男は笑うが、椿にとっては怖くてしょうがなかった。

「鷹匠か、お前?」
「いえ、違います!」
「そんなもん付けてんのに?」

エガケを指差されて、ドキリと心臓が跳ねる。
この人の洞察眼鋭すぎる!

「これは、その、ただの手袋・・」
「ははっ!だったら今頃、お前の手血だまりだぞー、」
(あああああ!墓穴掘った!怪しんでくれと言ってるようなものではないか・・!)

強引に向かされた首が痛い。
思わず顔をしかめると、いっそうイイ顔で男は笑った。

「お前面白そうだな、礼もしたいしウチ来なよ。」
「光栄ですが、先を急ぐもの・・」
「来なよ。」
「はい・・っ!」

だから、怖いよ!この人!!
なんで笑ってんのに怖いの!

鷹の重さに痺れた左腕を引っ張られ泣きそうになりながら連れてこられた先は
豪邸でした。門番がいるよ!?
鷹狩ができる位だから、良い身分の方だとは思ったけどここまで立派な方だとは思わなかった。

「そこのお前、こいつ中に通しといて」
「はい、持田様」

持田!?
この人がそうか!
とんだ大物の家に来てしまった。

「また後でね、椿君。」




ここ最近の苛立ちが嘘のように落ち着いた愛鳥を掌に乗せてゆっくり歩き出す。
俺もひさしぶりに期待で胸躍る爽快感に腹抱えて笑いだしたくなった。

おもしろい。

鳥の扱いに慣れた旅人、のフリした何か。
こちらの一挙一動に過剰に反応し顔色と表情をころころとかえる様子が
おかしくてたまらい。
あの様子をみると、敵意を持つ危険な奴ではないだろう。
あれが演技なら大した役者だ、恐れ入る。

身元を確かめた後は本当に鷹匠として雇ってもいい。
アレを連れて出る鷹狩りは有意義な物になりそうだ。
これで顔を見る事さえ嫌になってきたでくのぼうを追い出せるし、うん。

「お前もその方がいいだろう、ワッシー?」

そう聞いてやれば鷹が大きく羽ばたいた。
本当に随分懐いたもんだ。


鷹を部屋に返し、あいつが通されてるであろう部屋を目指す。
肌に張り付く汗が気持ち悪い。
あいつも随分薄汚れた格好をしていたし、後で湯治にでも誘うか。
俺も羽伸ばそう。

「おまたせー、椿君。」

がらりと障子を開けると待っていたのは一回りごつい、おっさんだった。

「こら、持田。あまり可哀想な真似をしてやるな。」
「・・・椿君は?」
「急いでるようだし帰した、今日中に人に会う約束をしているそうだ。」
「・・・・・・・。」
「持田?」
「城さん、一発殴っていいよね、てか、殴らせて?」


鈍い音が部屋から響いた。




日が落ちて星空の下持田は酒瓶を持って平泉の邸宅に押し掛けた。
長い廊下を通り過ぎ、目的の部屋へとたどり着くと挨拶も省いて
むしゃくしゃをぶつける。

「ちょっと聞いてよ、平泉さん!城さんったら信じらんねえ、俺の客人勝手に帰すとか
ほんっと何考えてんだよ、道楽と勘違いとかフザケンナって感じだし、普通何かあるって考える所じゃん。あんな鈍くてちゃんと仕事できてんの?あの人!」

行燈の灯りをたよりに文を書く平泉さんの背
壁側の隅に見覚えがある男が座しているのが見えた。

昼間とは違い黒い着物を纏う男、どう見ても・・・
にやりと口角が上がる。

「達海配下、吉田家の使いだ。」
「へー、あの王子様の・・・」

悲鳴を噛み殺すように唇を引きつらせる椿に手を振った。

「喜べ、これであの馬鹿共を一掃できる。」
「せいせいするよ。でさ、平泉さんにお願いがあるんだけど。」
「何だ?」
「こいつ貰えないかなあ、ウチに。」

黒づくめの男を腕に抱きこんでやれば、必至に出ようともがく忍を
楽しげに持田が押さえつけている。

「フ、書いとこう。」
「さすが平泉さん、話が早い!」




椿の顔色は白を通り越して青くなってきている。







椿、この後王子と赤崎による個人反省会フラグ。
散々怒られ、馬鹿にされるけどちゃんと王子が断わってくれました。
城さんは役立たずでも馬鹿でも無いよ!
人が良いだけです、ごめんなさい城西さん!
あと、鷹匠について参考にさせてもらったサイトがあるのですが
BL二次創作サイトからリンクを表記するのに抵抗、というか申し訳なさを感じた為伏せております。



鷹のワッシー


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